ドラッグストア 分析・研究・考察まとめ

ドラッグストア界隈のリサーチ結果を記事にします。批判や、分からない点、気になるトピック等あれば、気軽にご意見いただけると幸いです。

「お客様」のための重要さ ビジネスとしておもてなしを志向する

 

1 小売業におけるお客様

ありふれた「お客様」スローガン

「お客様第一主義」、「お客様に寄り添った」、「真心をもって接します」。色々な表現があるが、顧客への献身的な姿勢を強調する企業は多い。BtoCではお馴染みのやり方だが、小売業では特に普及した経営方針と言える。実際、ドラッグストア業界でも、スギの「まごころ」や、ココカラファインの「おもてなし」などが存在する。

こうした精神主義的なスローガンに辟易する人もいるかもしれないが、私は結構重要な論点であると考えている。それも、商材がコモディティ化している中で、競合他社と差別化するために重要といったケチな考えでない。(実際、差別化できるほど職人的なサービスはチェーン経営と相性が悪い)ドラッグストア企業が、今後より価値を発揮する上で、「お客様」の立場に立ったMD(マーチャンダイジング)は一考に値するはずだ。

 

潜在需要の創造という観点

人口が減少しマーケット縮小が確実となっている昨今、安売りよりも需要創造の重要性は高まっている。高度経済成長期が代表的だが、人口と所得が増加し続ける時代においては、徹底的な安売りと効率化は極めて有効な戦略であった。しかし、その2つの前提が成り立たず、人々の嗜好が多様化した現代においては、より上位帯の商品を買うように誘導するMDが求められるということだ。

この点について、有田(2020)は「ソリューション型ドラッグストア」というあり方を提唱している。安さが最重要項目となる生活必需品に拘泥せず、より付加価値が求められるマーケットを狙うという戦略だ。例えば、毛穴を一瞬で消す化粧下地を一度買ってもらえれば、その顧客にとって化粧下地を使うことは標準となる。同様に、軋まないヘアカラーや、パソコン使いによる眼精疲労を治す飲み薬など、その機能を潜在的に求めているがその存在を知らない商品は数多く存在する。そうした潜在需要を触発するようなMDにより、新たなマーケットを開拓すべきという主張だ。

 

こうした潜在需要を開拓するMDは、今後より重要となっていくだろう。安売り競争の行き着く先は泥沼であり、何よりネット販売の普及により、顧客が需要を自覚している商品は小売店で買う必要性が減少している。顧客自身が自覚していないが、実は欲している。そんな商品を提案し、リピーターになってもらうMDは理想的だ。

 

2 いかにして「おもてなし」を作り上げるか

積極的な商品提案が求められる

しかし、そのようなMDの実現は決して簡単な話ではない。なぜなら、メーカーの企業努力により優れた製品は数多く存在するが、どんな素晴らしい製品でも、使ったことがなければ「良さが分からない」からだ。つまり、潜在需要を掘り起こすためには、その需要を顧客に知ってもら必要ということだ。そのためには、顧客が欲している機能を理解し、その需要を満たすような商品提案が出来ることが必要条件となる。

モチベーション・マネジメントの困難性

では、その実現のためには、何が最も困難な課題となるだろうか。私は、販売員のモチベーション管理が最大の課題となると考えている。

潜在需要を掘り起こすようなMDを実現する上で、知識豊富な販売員による積極的なカウンセリングは欠かせない。「知識」面に関しては、社内研修や情報端末を携帯することで解決は可能だ。しかし、販売員がそのような意欲的なカウンセリングを行うためのインセンティブ(動機)は確保できるだろうか?

当たり前だが、販売員は社員である以前に一人の人間であり、モチベーションを高めるには何らかのインセンティブが必要となる。より積極的なカウンセリングを実現するためには、より適した企業システムが必要となる。

 

一般に、モチベーションを高める常套手段といえば、金銭的な動機付けである。販売実績を挙げれば、給与が増加するのであれば、自身の生活のために販売に励む動機となる。

しかしながら、このブログで想定しているのは、百貨店のカウンセリング販売や個別営業ではない。チェーン展開するドラッグストアである。店長、社員、パート、アルバイトと複数の主体が販売に携わり、カウンセリングと支払(レジ対応)が分業化されている。そうした中で、その販売が誰の実績であるか特定することは現実的でない。仮に、自己申告制を取ったとしても、それが真実であるか確認することも困難だ。全国にチェーン展開するような企業こそ、公正な評価システムは必須となる。

従って、個人レベルでの販売実績に応じた、金銭的動機付けはチェーンストア経営において困難と言える。店舗レベルの販売実績を評価基準に用いる企業は多いだろうが、それだけでは個人の動機づけとして不十分に過ぎるだろう。

精神的フィードバックによる成功事例

 それでは、精神的な動機付けはどうだろうか。くだらないと一笑に付す人も多いだろうが、決してバカにできた話ではない。

より意欲的な仕事をするためには、その個人の精神面の考察は避けられない。金銭的動機付けは確かに強力だが、いくらなら十分であるかの基準は曖昧であり、何より際限がない。

この点について、フィリップ(2013)が興味深い事例を紹介している。ラスベガスでホテル業を営むウィンリゾートで行われる「ストーリーテリング」と呼ばれるシステムだ。そのホテルでは、仕事始めにグループミーティングが行われる。そのミーティングで、上司は「昨日何か面白いことがあったかな?」と尋ね、従業員がお客様に満足してもらえた自身の働き(ストーリー)を話すという流れだ。そのストーリーは、社内のイントラネットで公開され、控室の壁に張り出されるという。

 

こうして書いてみると、原始的で単純な手法である。しかし、生き馬の目を抜くようなラスベガスの観光業界において、小売よりもサービスが重要となるホテル経営で実際に行われている手法だ。従業員に仕事のやりがいを感じてもらう手段として、最高のサービスを組織に広げる手段として、優れたやり方のひとつであることは間違いない。

 

3 おもてなしの定量

やはり定量的な基準は欲しい

とはいえ、精神的フィードバックだけに依存するのは厳しいだろう。先述した「ストーリーテリング」は、サービスの比重が非常に高いホテル業の話であり、チェーン展開するドラッグストアほど店舗の数は多くない。そこで、金銭的フィードバックも同時に取り入れていきたいが、「おもてなし」のような定性的な事象は評価基準としてかつ買いづらい。より標準的で客観的な「おもてなし」指標はないのだろうか?

 

実在する評価基準

実は、近年「おもてなし」のような定性的な指標を、定量的に把握する動きは進んでいる。最後に、そのいくつかの事例を紹介したい。

①ネットプロモータースコア(NPS)

 ネットプロモータースコアとは、顧客ロイヤルティの指標の一つであり、「あなたはこの商品を親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか?」という質問を10段階で評価してもらうことで作成される。2003年にアメリカの大手コンサルティング会社が提唱した指標で、欧米企業を中心に広まり、今ではフォーチュン500のうち3分の1以上が活用していると言われている。

とてもシンプルな方法だが、おもてなしのような感覚的な手法を測定する有用な手段の一つである。おそらく、10段階評価が効果の一つだろう。以前何かで目にしたが、途上国の主観的貧困率をはかる代表的な手法の一つにも、「はしご質問」と呼ばれる10段階評価の質問が用いられている。専門的な知識はないが、評価スケールを10段階くらいにすることで、有用な測定が可能になるのだろう。

ただし、サンプルの取り方や質問の仕方によって、回答にバイアスがかかる可能性は十分にあるため、測定には注意が求められそうだ。

②CXi(カスタマー・エクスペリエンス・インデックス)

直訳すれば「顧客経験指数」といったところか。これは、米国のリサーチ企業であるフォレスターの独自基準である。顧客の体験を数値化した指標であり、公式ホームページによると、「効果性」・「容易性」・「感情」・「再購買意欲」・「追加購買意欲」・「推奨度合い」の基準によって測定される。

実際にどのような質問項目・手法で定量化しているのかは不明だが、「CXi」が優れた企業の株価は6年間に43%も向上しているという。

f:id:iz926:20201101001057p:plain

③表情

最後に、まだ実際の導入事例は知らないが、今後普及が予測される計測方法である。顧客の表情を読み取ることで、その感情を直接的に定量化してしまうということだ。あり得ないと思うかもしれないが、やろうと思えば既に個人でも実践できる手法である。エンジニアの友人に教えてもらったのだが、マイクロソフトが提供するFace apiというAPI(アプリケーションの機能を共有する仕組み)を利用し、機械学習の技術を用いることで、人の感情を数値化することが出来る。

どの時点で測定するかといった問題や、カメラの設置場所など、現実的な問題は多いが、感覚的なものを測定する手法として、実用されてもおかしくないと考えている。

 

 

4 ビジネスとしておもてなしを志向する

 「おもてなし」や「まごころ」というと、数字に重きを置く現実の経営にそぐわない絵空事のような印象を受ける。しかし、こうした感覚的なものこそ、今後のドラッグストア経営で重要となるのではないだろうか。潜在需要を掘り起こすようなマーチャンダイジング(MD)を実現するためには、「おもてなし」を実現するための企業システムの整備や、既存の財務指標と同様に「おもてなし」を定量的に評価することが欠かせない。

その中には、技術の発達により可能になる要素もあるだろう。情報感度を高め、より柔軟に評価基準を取り入れる姿勢が求められる。

 

 

 

【参考文献】

「なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか? 」フィリップ・デルヴス・ブロートン (著), 岩瀬大輔 (その他), 関美和 (翻訳) プレジデント社,  2013年8月

「ドラッグストアの教科書」,有田英明, ダイヤモンド社, 2020年2月 

 

Forrester CX index,  https://go.forrester.com/analytics/cx-index/

Microsoft Azure https://azure.microsoft.com/ja-jp/services/cognitive-services/face/