ドラッグストア 分析・研究・考察まとめ

ドラッグストア界隈のリサーチ結果を記事にします。批判や、分からない点、気になるトピック等あれば、気軽にご意見いただけると幸いです。

マツキヨとココカラ統合 企業規模の大きさは正義か?

 

マツキヨとココカラの統合

2019年8月、ドラッグストア大手のマツモトキヨシホールディングスココカラファインが、経営統合に向けた協議入りを記者会見で表明した。その後、2021年10月に経営統合すると正式に発表され、これにより売上高1兆円規模、店舗数3,000 店舗に及ぶ国内最大級のドラッグストア企業が誕生することとなった。

 

この統合は、ドラッグストア業界にも大きな影響を及ぼしえる。両者の統合による結果を受けて、競合他社による合併が続く可能性も想定される。アメリカのドラッグストア業界は、CVSとウォルグリーンの2強体制であるが、日本でも今後企業数の収束を予想する言説も散見される。

 

しかし、ドラッグストア業界において、統合による好影響は大きいのであろうか?直観的には、小売では規模の経済が機能するために、企業規模の大きさは正義と考えらえる。その一方で、企業規模の拡大に伴う標準化により、現場主義を追求する小規模な革新的小売業者が有利に立ち回るという批判も想定される。

そこで、本記事では、ドラッグストアを中心とした小売業において、企業規模の重要性に焦点を当てたい。企業規模の拡大の是非について、理論的な観点から考察を進めていく。

 

小売業において企業規模が重要な理由

結論から言うと、私は小売業において企業規模は極めて重要と考えている。つまり、冒頭で触れたマツキヨとココカラの統合は、長期的には有効な判断であったと考えている。その理由として、規模の経済、差別化、イノベーションの3つの観点から論を進めたい。

規模の経済の局面

まず、前項で言及したように、小売業では規模の経済が有効に機能する。

規模の経済とは、生産の規模が大きくなればなるほど、製品1つあたりの平均コストが下がるミクロ経済の言葉だ。本来は製造業を想定した用語であるが、小売業においても通用する。例えば、大量ロットで仕入れを行うことで、より有利な条件で仕入れが可能となり仕入原価を抑えることが可能だ。加えて、物流センターや本社機能を共有することで、固定費を削減することも可能となる。

従って、費用の削減という観点において、企業規模の拡大による規模の経済追及は有効と考えられる。

 

非価格面における差別化の局面

続いて、非価格競争の観点においても、小売業の規模拡大は重要と考えられる。

小売業にとって、代表的な非価格競争の手段として、PB(プライベートブランド)の開発が挙げられる。PBとは、小売業者が自ら開発する商品やそのブランドのことである。それに対して、メーカーが開発し、多くの小売店が取り扱う商品やブランドのことをNB(ナショナルブランド)と呼ぶ。

PBには、価格の安さを追求した低価格型PBと、商品の付加価値を高めたプレミアムPBの2種類が存在する。そして、そうしたPBにより競合他社と品ぞろえを差別化することは、ドラッグストアに限らず小売業において有効な非価格競争の手段である。

 

しかし、PBの導入において最も重要となるのは、商品を仕入れる卸売企業や製造企業とのパワー関係である。小売企業は、NBの製造企業のように技術開発や製品開発の部門を持っていたり、エンジニアやデザイナーを数多く雇用・育成したりしている訳ではない。従って、PBの導入においては、それらベンダーと共同する必要がある。

 

だが、小売企業によるPBの開発は、NBの製造企業にとって良い話ではない。なぜなら、小売業者がPBの販売に成功し、消費者がPBを選好するようになれば、自社のNBの市場シェアやブランドロイヤルティが低下することを意味するからだ。従って、小売業者がPBを導入する上では、ベンダーに対して優位なパワー関係が築かれている必要がある。

 

そして、このパワー関係を規定する主要な要素は、取引依存度である。つまり、売手の総販売額に占める買手の販売シェアが大きいほど、あるいは買手の総仕入額に占める売手からの仕入高が低いほど、小売業にとって優位なパワー関係が築かれているといえる。以上より、企業規模の拡大により、取引依存度を優位に傾けることで、有効なPBの開発が可能になると考えられる。すなわち、非価格面での差別化においても、小売業の規模は重要と考えられる。

 

イノベーションの局面

最後に、イノベーションの観点においても、小売業の企業規模は重要であると考えられる。

ここで、イノベーションについて概念を一度整理したい。イノベーションについて様々な学術研究は存在するが、統一的な見解としてイノベーションは大きく2つに分けられる。既存のモノの延長線上にある漸進的イノベーション(Incremental Innovation)と、既存のモノから全く異なる抜本的イノベーション(Divergent Innovation)の2種類である。それぞれ、能力向上的(Competency-enhancing)イノベーションや、能力破壊的(Competency-destroying)イノベーションという呼称も存在する。

 

そして、小売業におけるイノベーションの大きな特徴として、後者の破壊的なイノベーションが極めて生じにくい。つまり、小売業の文脈におけるイノベーションとは、既存の在り方を改善させる漸進的イノベーションが中心であるということだ。

その理由は、小売業特有の競争に見いだされる。ハードディスクドライブ然り、スマートフォン然り、何らかの製品を作るイノベーションの場合、競争は市場全体で発生する。その結果、従来のモノと全く異なった優れた新製品を導入した企業は、市場を総取りすることとなる。しかし、小売業の競争は、商圏に限定される。革新的な小売業が誕生したとしても、その勝利は店舗の存在する商圏に限定されるということだ。従って、既存企業による模倣や制裁が用意となるため、市場破壊的なイノベーションが生じる可能性は低いということだ。

 

これは言い換えると、逆転劇が生じ難いという話になる。画期的なイノベーションによって、新規参入者が勢力図を塗り替えるような展開は起こり得ないということだ。従って、既存の大企業による規模拡大は、有効な方策であると考えられる。

 

 

企業規模の大きさは正義か?

勿論、規模拡大に伴うデメリットも考えてしかるべきだ。想定される反論として、規模拡大により経営体制が鈍重になり、小売の肝である現場が軽視されるといった問題が考えられる。しかし、昨今の技術革新により、小売現場におけるデータ蓄積は急速に進んでいる。誰が、何を買って、それは何と一緒に代われているかといったデータは、むしろ大企業であるほど有効に蓄積できるはずだ。

以上より、私はドラッグストア市場において、企業規模は重要であると考えている。マツキヨとココカラのような大規模な統合は初めてであるため、初期においては調整コストがかかる可能性は考えられるが、長期的には競合他社にとって脅威となり得ると考えている。

 

【参考文献】

小売経営論, 高嶋克義 高橋郁夫 著, 有斐閣, 2020年

 

株式会社マツモトキヨシホールディングスと株式会社ココカラファイン経営統合に関する基本合意書及び経営統合に向けた資本業務提携契約締結のお知らせ

https://corp.cocokarafine.co.jp/news/pdf/20200131_TD01.pdf