ドラッグストア 分析・研究・考察まとめ

ドラッグストア界隈のリサーチ結果を記事にします。批判や、分からない点、気になるトピック等あれば、気軽にご意見いただけると幸いです。

他業種の医薬品販売 根本的課題は人材か

 

島忠がサンドラッグから商品供給

サンドラッグがホームセンター大手の島忠と協業するようだ。サンドラッグから医薬品や健康食はの供給を受けることで、島忠は品揃えでの差別化を図る。

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この記事を読んで、一つ違和感を感じた。なぜ、島忠はサンドラッグから商品の供給を受けるのだろうか?
一般に、商品の仕入れ値は、仲介業者が多く入るほど高くなる。仲介業者がマージンを取るためだ。今回の島忠の場合、卸に加えてサンドラッグも仲介している。素直に考えれば、卸から直接仕入れをすれば良いのではないか?

仮に、商品供給ではなく人材面での協力なら話は分かる。医薬品の販売に必要な登録販売者や薬剤師の確保は、ドラッグストアよりもホームセンターの方が困難だろう。しかし、記事によると、今回の協業は商品供給に注力しているようだ。島忠は既に医薬品販売のための人材確保を始めていると記されている。従って、島忠は商品を仕入れるために、わざわざサンドラッグと協業したということだ。


考えられる仮説

以上より、2つの仮説が考えられた。

仮説1: 島忠とサンドラッグは提携を考えている。

まず、島忠とサンドラッグが将来的に提携を志向している可能性が考えられる。
仮にそうなら、今回の商品供給もその後の提携に向けた布石として理解できる。ドラッグストアとホームセンターで業種が異なるため、段階的な協業からスタートしたという想定は可能だ。

実際、ドラッグストアが他業種の小売企業と提携するケースは存在する。ドラッグストア大手のココカラファインHDは、2019年に準大手スーパーのイズミヤと業務提携を行った。その結果、両者の合弁会社であるココカラファインイズミヤが成立し、両者間で商品供給が行われている。

今回のケースも、そのような業務提携を目指したものと考えれば、今回の協業も理解しやすい。

しかし、島忠を取り巻く環境を考えると、この仮説は棄却されそうだ。2020年11月現在、家具大手のニトリHDとホームセンター大手のDCMHDは、島忠に対するTOB(株式公開買付)を進めている。どちらが島忠を手にするにしても、島忠はいずれかの完全子会社になる可能性が高い。

そうした状況下で、島忠がサンドラッグとの将来的な提携を進めるのは現実的ではない。会社が一緒になるというのは想像以上に大変なことだ。人事や経理システムの調整・統合は勿論。小売業の場合、商品の入れ替えも生じる。目前にそうした大ごとが控えている以上、島忠とサンドラッグの協業が将来を案じた布石であるとは考え難い。

それよりも、もっと短期的かつ功利的に考えたほうがよさそうだ。 

 

仮説2:  ドラッグストア領域へ参入する課題は仕入れにある。

次に、他業種からドラッグストア領域への参入において、商品の仕入れが課題であるという仮説が考えられる。
既存のドラッグストア企業と同じように、医薬品卸から直接仕入れをすることは、他業種小売業にとって困難であるということだ。そのため、島忠はわざわざサンドラッグを経由して、商品を仕入れているという仮説である。

 

では、なぜ卸からの直接仕入れが難しいのであろうか?私は、他業種については「卸優位のパワー関係」が存在していると考えている。

小売企業とベンダーのパワー関係を規定する主要因は、「取引依存度」である。取引依存度とは、売手が買い手に依存する程度を表す仕入依存度、あるいは買手が売り手に依存する程度を表す販売依存度を意味する用語だ、仕入依存度が小さいほど、また販売依存度が大きいほど、ベンダーに対する小売企業のパワー関係は強くなる。

そして、ホームセンターのような他業種の場合、医薬品卸がホームセンターに依存する仕入依存度は非常に低い。なぜなら、ドラッグストア企業という大きな買い手が既に存在しているからだ。さらに、ホームセンターが医薬品卸に依存する販売依存度は高い。なぜなら、医薬品卸業界は集約化が非常に進行しており、既に大手4社が8割を超えるシェアを確保しているからだ。従って、「卸優位のパワー関係」が成立していると考えられる。

 

その状況下では、島忠が医薬品卸から有利な条件で仕入れが出来る可能性が低い。医薬品の販売能力に限界がある島忠は、小ロットでの仕入れを希望する可能性が高いが、ベンダーにとって割の悪い小規模販売では条件はさらに悪くなるだろう。

そこで、ドラッグストア企業に白羽の矢が立ったと考えた。卸ではなくドラッグストア企業から商品供給を受ける場合、パワー関係は卸ほど偏らない。お互いに商品供給をすることで相手企業にもメリットが発生し、近隣店舗であれば配送費の負担も少なくなるからだ。これならば、島忠がサンドラッグから商品供給を受ける理由が理解できる。

人材不足こそが根本的課題 

先述した、仕入依存度について説明を加えたい。ホームセンター大手の島忠であれば、中小ドラッグストア企業よりも、大ロットで仕入れが出来る可能性はないのだろうか?仮に、それが出来るなら島忠の医薬品卸に対する仕入依存度は決して低くない。しかし、私はそれは厳しいと考えている。


薬機法の規制により、OTC医薬品を販売するためには薬剤師または医薬品登録販売者が必要となる。加えて、ロキソニンなど第一類医薬品を扱う場合は、薬剤師が必須だ。

しかし、ドラッグストアに比べて、他業種は資格者の確保が困難な可能性が高い。理由は労働者側のインセンティブ不足に見出せる。ドラッグストア以外の業種、多くはスーパーやホームセンター、ではドラッグストアよりも商品の幅も深さも大きい。加えて、あくまで商品の一部門に過ぎないため、キャリアの上限も限られてくるだろう。その一方で、給与を中心とした待遇面では、他業種とドラッグストアで大差はない。従って、担う労働量が多く、キャリアも制限されるにもかかわらず、待遇に差がないため、登録販売者や薬剤師が他業種小売で働くインセンティブは低いと考えられる。

前項の論証で「医薬品の販売能力に限界がある」と書いた理由は、この人材面での課題にある。卸から有利な条件を引き出すためには、大ロットでの一括仕入れが必要となる。その一方で、医薬品販売の人員確保が困難なホームセンターでは、大量の在庫を一度に抱えてしまうリスクが大きい。

 

こう考えると、薬機法の存在は、ドラッグストア業界にとって参入障壁として良く機能しているように思われる。ローソンのようにOTC医薬品への参入を試みる他業種小売業は多いが、成功例はまだ表れていない。人材という短期的な確保が困難な資本が条件となる以上、ドラッグストア業界への参入を過度に懸念する必要はない。

とはいえ、法規制が緩和されれば話は別だ。ECの進展に伴い、より柔軟な形に医薬品販売の規制が変化する可能性は決して小さくない。現状の参入障壁は、変わる可能性のある法律に根差すことには注意が必要だ。

 

 

【参考文献】

「島忠、サンドラッグと協業 医薬品や健康食品を拡充」, 日本経済新聞, 2020/11/5 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65881520V01C20A1H52A00/

 

 

実店舗におけるロボットの可能性 装置産業化の未来

 

イントロ

ロボット掃除機やペッパー君など、ロボットの存在は身近になりつつある。ドラッグストアにおいても、ロボットの参入余地は大きい。例えば、最近こんな記事を見かけた。

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ホームセンター大手のカインズが、実験的な試みとしてデジタル技術を活用した新店をオープンしたようだ。ロボットによる売場案内や、園芸の専門家にリモートで相談できるサービスなどが目玉とされている。

 

中々に興味深い試みだ。ロボットにより既存の仕事が奪われるという言説が以前強調されていたが、これは言い換えると、多くの仕事が機械化により効率化されるということだ。当然、その恩恵は大きい。労働人口の減少が確実な今日、小売業においてもロボットによる業務の代替を考察する意義は高いはずだ。

 

売店で進むロボット活用

大きく2種類に分けられる

労働力の文脈において、ロボットは大きく2種類に分けられる。まず、ロボット単体で特定の業務が完結する自律型。次に、人と共に働くことを前提とした協業型のロボットである。

前者の例としては、自動化された巨大倉庫のイメージが分かりやすい。機械化された台車が、指定された荷物を指定された位置へ運び続けている光景だ。後者の例としては、在庫が不足している商品をお知らせするようなロボットが想定される。

両者の違いについても言及したい。自律型のロボットは、その業務を完全に代替することで、人件費を圧倒的に削減できる。しかし、自律型のロボットは、その運用に適した環境を整備する必要が生じることが多く、初期費用が高い傾向がある。それに対して、協業型のロボットは、段階的な導入が可能という点で比較優位を持つ。既存の設備のまま、まずは1台から導入できるというのは現実的に大きな魅力だ。

 

それでは、続いて、実際に小売の場面で活用が進むロボットを紹介していく。尚、事例の選出にあたっては、スティーブンス(2018)を参考にしている

ペッパー

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画像検索より引用

まずは、みんなご存知ペッパー君だ。ソフトバンク傘下のソフトバンクロボティクスが開発した、世界初の人型ロボットである。

家電量販店に置かれている姿を目にしたことがある方もいるだろう。小売店においては、会話を通じて該当商品のある売り場を提示したり、顧客とコミュニケーションを取るといった使用がされている。

しかし、ペッパーの小売店での利用はまだ限定的なものに過ぎない。人間の店員と同等の働きをするほどには至っていないというのが、正直な感想だ。ただし、ペッパーの大きな特徴は、人の感情を認識する能力にある。データが蓄積され、この感情認識技術が発達すれば、将来ロボットによる接客も可能になるだろう。

 

Lowebot

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Lowe's公式サイトより

続いて、アメリカの大手ホームセンター「Lowe's(ロウズ)」では、「Lowebot(ロウボット)」というロボットが活躍している。2016年より、サンフランシスコのベイエリアにある店舗で導入された。
ロウボットは複数言語に対応しており、来店客からの商品への問い合わせに対応する。来店客が探している商品まで店内を案内することも可能だ。加えて、店舗スタッフもロウボットにアクセスすることで価格や在庫情報を確認することが出来る。店内における購買パターンなどに関するデータも蓄積しており、経営判断に有用な丈夫主提供するといった代物だ。

Tully

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公式サイトより

シリコンバレー企業の「Simbe Robotics(シンビ)」が2015年に開発した「Tully(タリー)は、完全自動型の陳列棚管理ロボットである。

タリーは、店内を巡回しながら、画像認識技術を用いて陳列棚の状態を確認する。商品の欠品や陳列ミスを完璧に近い精度で把握し、店舗スタッフがその情報を受け継いで対応するといった運用がされている。

 

同社公式サイトによると、人間が1週間かけて65%の精度でやる仕事を、タリーは3日で100%に近い精度でこなすことが可能だ。SInbeの技術部トップは、ウォルグリーンやCVSといった大手ドラッグストアにおいて、タリーと同じ作業量をこなすには、週に25~40人の人員配置が必要になると述べる。さらに、人間による作業は、タリーよりもはるかに精度が落ちるという。

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公式サイトより

XPS

IBMは、人工知能による買い物ロボット「Expert Personal Shopper : XPS(エキスパート・パーソナル・ショッパー)」を提供している。XPSは、お客にとって最適な商品を選ぶ手助けをするプログラムである。元々は、 インドのIT企業「Fluid(フルイド)」が開発したプログラムであったが、非常に優秀なプログラムであったため、2016年にIBMはフルイドのXPSを買収している。

XPS自然言語処理技術を用いて、顧客と質疑応答を繰り返す。例えば、「ジャケットが欲しい」と言えば、「普段使いするものか」とか、「生地の好みはあるか」とか、「どういったシチュエーションで着るものか」など、様々な質問を投げかけてくる。そうして、その顧客の条件を満たしたオススメ商品を紹介してくれるのだ。

さらに、XPSは学習能力に特徴がある。お客がXPSを使えば使うほど、顧客が望む商品情報のデータは蓄積されていき、オススメの精度が向上していくのだ。

 

 

ドラッグストア文脈での考察

どの業務が代替可能か?

ドラッグストアの店舗に置いて、店員が行う作業は大きく3つに分けられる。①レジ対応、②補充陳列、③接客対応の3つだ。


まず、「①レジ対応」は自動化による削減余地が大きい。以前の記事で説明したRFIDのような電子タグを合わせて導入する事で、レジ業務は完全に代替することは可能である。加えて、スーパーでよく見るセルフレジのように、支払い過程のみ代替するといった段階的な代替も可能と言える。

次に、「②補充陳列」については、部分的な代替が可能だろう。先述したタリーのように、「どこに」「なにを」補充するかの把握は、ロボットの方が正確かつ迅速にこなすことが出来る。実際の陳列については、まだまだ人間が直接やったほうが安上がりであると考えられる。

ただし、タリーのように店内を巡回するロボットを想定する場合、売場面積という制約は避けられない課題だ。日本のドラッグストアは、ホームセンターのような他業種と比較して、売場面積が小さい傾向にある。従って、タリーのような人間大のロボットが巡回するのはあまり現実的ではない。尤も、既に技術が存在する以上、小型化は将来確実に進むと楽観視も可能だ。

最後に、「③接客対応」についても、部分的には代替すべきだ。冒頭のカインズや先述したロウボットのように、売場案内のような定型的な作業なら、ロボットによる代替が望ましいだろう。

しかし、カウンセリングについては、基本は対人で行うべきだ。ドラッグストアにおいて、薬剤師・登録販売者によるカウンセリングは、大きな差別化要素となる得る。他の単純労働を削減することで、薬剤師・登録販売者には、専門知識を生かした接客業務に集中させるといった運用が理想的だ。

 

以上より、ドラッグストアでロボットの導入を検討する場合、「レジ業務・欠品等の把握・売場案内」といった業務については、機械かを進めるべきだ。これらは誰がやっても品質に差が生じない「コモディティ化した」業務である。それよりも、専門知識を生かしたカウンセリングのような業務に、労働力を集中させるべきだ。

データ収集という新たな店舗機能

さらに、ロボットの役割は、既存の仕事を代替して効率化するだけではない。ロボットならではの役割も存在する。私はその中でも、来店客の購買の過程に関する情報を収集する機能に注目している。 

画像認識技術や機械学習の技術が進歩すれば、今までブラックボックスであった多種多様な情報が収集可能となる。具体的には、「どのような人が来店したのか」、「一人で来たのか複数で来たのか」、「どういった経路で店内を回ったのか」、「滞在時間はどれくらいか」「どの商品を手に取ったのか」、「どの人が何をかごに入れたのか」といった情報だ。こうした顧客属性や商品の購入に至るプロセスが、データとして収集できる可能性があるのだ。

 

このデータの意義は極めて大きい。なぜなら、非計画購買についてデータに基づく考察が可能となるからである。ECが進む中、店舗の数少ない比較優位である非計画購買は一考に値する。

非計画購買とは、予め購入する商品を決めた上で来店して購入する計画購買に対し、入店後に購入意図が形成された購買行動を意味している。いわゆる衝動買いである「純粋衝動購買」だけでなく、店舗での刺激によって購買の必要を思い出す「早期衝動購買」、販促によって思わず買ってしまう「提案受容型衝動購買」、価格などの条件が合えば購入する「計画性衝動購買」といったタイプが存在する。

このように非計画購買は、理論的に分類されているが、その実証的な研究は限られている。店内における購買行動について、統計的な分析にかけられるほどのデータが今まで不足していたからだ。ロボット導入によって、データが蓄積されることで、非計画購買について、より実証的な検証が進んでいくと期待できる。

 

ロボットがドラッグストア企業に与える影響

売店において、ロボットの活用は進んでいる。第一、労働人口の減少が確実な以上、機械による労働力の代替は避けられない。ドラッグストア企業も、ロボットの導入による省人化を志向すべきだ。

ただし、そうなった場合、ゲームのあり方が一変することには留意したい。小野塚(2019)は、機械による労働力の代替が進む産業について、「装置産業化」という用語を用いている。

装置産業化」が進行した時、企業競争のゲームは、労働集約から資本集約に一変する。小売業は、今でも労働集約的な色合いが強い産業である。しかし、設備投資が勝敗を左右するような資本集約ゲームに移行した時、勝者は限られてくるはずだ。時代の趨勢に注意し、競争のあり方にいち早く対応できた企業が生き残っていくだろう。

 

 

【参考文献】

ロジスティクス4.0 物流の創造的革新, 小野塚 征志, 日経文庫, 2019

小売再生 ―リアル店舗はメディアになる, ダグ・スティーブンス著, 斎藤栄一郎訳, プレジデント社, 2018

 

カインズ「デジタル店舗」、ロボットが陳列棚まで先導, 2020/10/30, https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65645900Q0A031C2000000/

Lowebot, Lowe's Innovation Labo, https://www.lowesinnovationlabs.com/lowebot

Simbe Lobotics, Tally, https://www.simberobotics.com/platform/tally/

 

品切れを見つける自走ロボ、その名は「Tally」コストは人間を下回る

中田 敦, 2016年6月4日, 日経ビジネス https://business.nikkei.com/atcl/report/15/061700004/060100113/

自動レジ、品質トラッキング、棚卸簡略化! RFIDの可能性

とある記事への違和感

今日、日経を眺めていたらある記事に目が留まった。
表題の通り、ディスカウントストアを運営するビッグ・エーが、複数面に大きくバーコードを記載したPBパッケージを導入した話だ。バーコードの視認性が向上することで、レジ時間の短縮に貢献するらしい。さらに、ビッグエーが導入を検討しているセルフレジでの見易さも念頭に置いているとのことだ。
 
正直、周回遅れのような印象を受けた。確かに、考えは分からなくはない。バーコードが分かりにくかったら、レジでの手間は増えてしまうだろう。将来、セルフレジを導入した際も、大きくて見やすいバーコードは、子供や高齢者に歓迎されるに違いない。そこで、バーコードを大きく印刷してしまおうというのは局所的には理にかなっている。
 
しかし、昨今の小売業で普及し始めた技術を念頭に置くと、今更バーコードに投資をすることに違和感を覚える。その技術とは、「RFID」のことだ。
 

RFIDとは

概要

まずは、Wikipediaの概説を見てみよう。
 RFIDとは、ID情報を埋め込んだRFタグから、電磁界や電波などを用いた近距離の無線通信によって情報をやりとりするもの、および技術全般を指す。 従来のRFタグは、複数の電子素子が乗った回路基板で構成されていたが、近年、小さなワンチップのIC で実現できるようになってきた。
簡単に言うと、RFIDタグとは電子タグの一種である。具体例としては、交通系ICカードがわかりやすい。改札でSUICAPASMOを近づけると、「ピッ」となり支払いが済むだろう。その一連の処理において使われる技術だ。
他にも、ユニクロの自動レジも分かりやすい。既に使ったことのある方も多いだろうが、ユニクロは自動レジの導入を推進している。商品が入ったカゴを指定の場所に入れるだけで、自動で値段が算出されるというあれだ。私も使ったことがあるが、一瞬で会計が済むことに感動した記憶がある。その商品認識に使われている技術こそが、RFIDだ。
 

普及状況

小売業におけるRFIDの活用は、進み始めている。例えば、2017年経済産業省は、大手コンビニ各社の合意のもと、「特殊な条件がない商品に貼付する電子タグの単価が1円以下になっていること」などを条件に、全ての取扱商品に電子タグを利用する「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」を策定した。これが実現すれば、推計で年間1000億個もの商品の単品管理が可能となる。

 

あくまで、電子タグの単価が1円以下になるという条件付ではあるが、後述するように決して非現実的な話ではない。

 

ドラッグストアへの貢献

この技術で最も重要な点は、非接触型という点である。ドラッグストア企業にとっては、非接触型のバーコードとして機能する可能性を秘めている。これは、単に自動レジに応用可能というだけではない。それだけでなく、品質管理や棚卸し作業の圧倒的労力削減も可能にする技術だ。
 

RFIDの活用例

棚卸

従来の棚卸し作業では、一つ一つの商品を手作業で集計する必要があった。業務のほとんどを業者に委託している企業も多いだろうが、店舗数が増えるほどその委託費用もかさんでくる。加えて、手作業での集計では、膨大な時間がかかるだけでなく、ミスが生じる可能性も高まる。
 
それに対して、非接触型のバーコードが存在するならば、商品数の集計は棚単位で一括して行える。段ボールやコンテナに入ったままの商品も、いちいち取り出す必要なく集計できてしまうのだ。従って、業者に委託する必要性もなくなり、棚卸に伴う業務は圧倒的に削減できる。
 
事実、以下で画像を引用している富士物流の導入事例では、棚卸作業にかかる時間が従来の「7分の1」にまで削減したと報告されている。
 

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富士物流HPより引用

 
棚卸業務は、小売経営において欠かせない業務だ。当然、多くの店舗を展開するドラッグストア企業も例外ではない。個人的な印象として、年に2回程度はどの企業も行っている感じがある。
信頼性は定かではないが、このサイトによると棚卸の費用は「定額の場合の相場が2万円~5万円程度、時間単位の場合の相場は『時給1000円~2000円程度×作業者数』」らしい。Web上で適当に拾ってきた数字であるが、そこまで実態から乖離していないだろう。
そこで、分かりやすさを重視して、1店舗当たりの費用が2.5万円と仮定しよう。次に、年に2回棚卸を行うとすれば、年間の費用は5万円だ。最後に、店舗数だが、現在最も店舗数が多いツルハHDで2000店舗強であるため、2000店舗とする。
この場合、年間にかかる棚卸費用は、1億円に及ぶ。来年誕生する、マツモトキヨシHDとココカラファインHDの合併後の店舗数は、3000店舗を超えるため、その場合だと年間1億5千万にも及ぶ計算だ。
 

品質管理

さらに、商品単位での管理が可能になることで、個体でのトラッキングも可能になる。
 
商品個体ごとに異なるコードを付与することが可能になるので、異物混入や欠陥が判明した非常時にも、リコールの対象となる商品の特定が容易になる。加えて、どこの店にどういった経路で届けられたか具体的に特定できるため、品質管理にも役立つ。
 
例えば、日本酒「黒龍」「九頭龍」などを製造する黒龍酒造は、RFIDを用いた商品の品質管理を実施している。日本酒のような商品は、管理状況によって風味に影響が生じるため、ブランド維持の一環として導入したそうだ。最近の記事によると、今後1~2年で、全品に電子タグをつける予定らしい。
 

デメリット

そんな便利なRFIDだが、当然デメリットも存在する。本記事では、コストの高さと、代替技術の存在について考察したい。

コスト

RFIDの導入を妨げる最大の要因は、そのコストの高さである。コストの概念は、導入コスト、維持コスト、機会コストの3つで構成されるため、それぞれについて考えてみる。

導入コストは、間違いなく最大の課題であろう。コンビニのケースでも、「2025年までに単価が1円以下になっていること」という付帯条件があった。

 

しかし、電子タグの生産費用は経験曲線を描くという点には留意すべきである。

経験曲線とは、操業・生産経験の蓄積によって、製品1単位当たりの労働・生産コストが減少することを意味する。古くは、Thorndike(1913)により心理学分野で提唱された学習の法則が、Wright(1936)を端緒に経営学分野に持ち込まれて定説となった。そのWright(1936)の研究では、軍用機の累積生産量が2倍になった時、平均労働コストが20%減少することが示されている。

以下の図は、小野塚(2019)より引用したものだ。RFIDタグの単価について、推移の実際値と予測が示されている。見事に、学習効果が働き費用の推移が経験曲線を描いていることが読み取れる。一般に、学習効果が機能する条件として、標準化された商品や、顧客志向が固定化された商品、未成熟商品が想定されている。そして、RFIDは、これら条件を満たしうるはずだ。従って、私はRFIDの単価は当分の間は減少し続けるだろうと楽観視している。とはいえ、私は精密機器の専門家ではないため、これを鵜呑みにされても困る。

 

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小野塚(2019)より引用

 

話をもとに戻そう。RFIDは導入コストが高い。確かに、単価は年々減少しているが、付番する必要のある商品数は膨大に存在する。さらに、バーコードに代替する存在として捉えるならば、周辺機器も一新する必要がある。例えば、IDタグを認識するスキャナー型端末を全て入れ替えなければならない。加えて、現在の小売店で主流となっているPOSシステムは、バーコードの存在を前提としているため、レジ回りにも費用が生じる。

全店舗について、これら費用が生じると考えると、導入コストは決して安くない。

次に、維持コストは、そこまで懸念材料にはならない。基本的に、バーコードと同じ運用が想定されるため、特別ない維持コストは生じないだろう。ただし、冷蔵・冷凍環境下や、水滴がつく商品については、特別な配慮が求められる可能性はある。

最後に、機会コストとしては、後に言及する代替技術の存在が懸念される。多額の導入コストを投じて、RFIDを取り入れても、それに代わる安価な技術が登場すれば無駄に終わってしまう。多額の導入コストが伴うがゆえに、それ以外に使えたであろう用途は膨大であろう。

誰が費用を負担するか

導入コストが多額に上ると述べたが、それに関して誰が費用を負担するのかも検討に値する。仮に全商品に電子タグを付番するとなった場合、誰がコストを負担すべきだろうか。

現在のバーコードは、ブランドの所有者が付番することになっている。しかし、RFIDへの転換には、小売側の思惑も相当に存在している。この場合では、メーカーだけが導入費用を払うべきとは考え難い。

しかし、小売側も負担するとなると負担割合の決定は非常に厄介である。NB(ナショナルブランド)商品の場合、その卸先は莫大な数に上るだろう。その全てについて、出荷割合に基づいて費用負担を計算するのは、あまりに現実的ではない。

 

こうした問題があるからか、現段階でRFIDを活用できているのは、ユニクロのように製造から販売まで手掛けるSAP(製造小売業)が中心となっているのが現状だ。

 

画像認識という代替技術

最後に、RFIDの代替的な技術について触れたい。小野塚(2019)は、RFIDの有力な代替ソリューションとして、カメラやセンサーを組み合わせることで実現される画像認識システムを挙げている。例えば、無人店舗として有名な「アマゾンGO」では、RFIDタグを使うことなく、画像認識でレジレス会計を実現している。

画像認識では、過誤や箱の中に入っていたり、折り重なっている商品の認識が困難という難点は存在する。しかし、店内のカメラ数を増加すればいいのだから話は簡単だ。RFIDのような莫大な導入コストが必要ないというのは大きな魅力に映る。

RFIDの導入を検討する上では、こうした代替技術の動向にも気を配る必要があるだろう。

 

RFIDの可能性

総じて、私はRFIDという技術に、ポジティブな印象を抱いている。確かに、デメリットも相当に存在するのは否めない。しかし、今後の人口減少や機械化の進展を念頭に置くと、圧倒的な削人化に貢献し得るRFIDの持つポテンシャルは非常に大きいと考えている。

目下の関心は、コンビニに続いて、ドラッグストア業界で電子タグを導入する企業がどこになるのかである。このトピックについては、引き続きアンテナを張っていきたい。

 
 
【参考文献】
Thorndike, E. L. (1913). The psychology of learning (Vol. 2). Teachers College, Columbia University.
Wright, T. P. (1936). Factors affecting the cost of airplanes. Journal of the aeronautical sciences, 3(4), 122-128.
 
ロジスティクス4.0 物流の創造的革新」, 小野塚 征志 (著), 日経文庫), 2019/3/16
 
経済産業省「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」を策定しました~サプライチェーンに内在する社会課題の解決に向けて~, https://www.meti.go.jp/press/2017/04/20170418005/20170418005.html
 
「ビッグ・エー、PBに複数バーコード レジ時間短縮」, 2020/11/4 11:00日本経済新聞 電子版, https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65748810S0A101C2TJ1000/
 
富士物流「事例:RFIDICタグ)で棚卸時の現品確認作業を効率化」https://www.fujibuturyu.co.jp/solution/case15.html
 
黒龍電子タグで流通管理 ブランド力向上へ1本ごと 正規以外のルート特定
2020/11/3付日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO65667460Q0A031C2LB0000/
 
「棚卸の基本と、棚卸業者による代行業務の相場について」
 
 

「お客様」のための重要さ ビジネスとしておもてなしを志向する

 

1 小売業におけるお客様

ありふれた「お客様」スローガン

「お客様第一主義」、「お客様に寄り添った」、「真心をもって接します」。色々な表現があるが、顧客への献身的な姿勢を強調する企業は多い。BtoCではお馴染みのやり方だが、小売業では特に普及した経営方針と言える。実際、ドラッグストア業界でも、スギの「まごころ」や、ココカラファインの「おもてなし」などが存在する。

こうした精神主義的なスローガンに辟易する人もいるかもしれないが、私は結構重要な論点であると考えている。それも、商材がコモディティ化している中で、競合他社と差別化するために重要といったケチな考えでない。(実際、差別化できるほど職人的なサービスはチェーン経営と相性が悪い)ドラッグストア企業が、今後より価値を発揮する上で、「お客様」の立場に立ったMD(マーチャンダイジング)は一考に値するはずだ。

 

潜在需要の創造という観点

人口が減少しマーケット縮小が確実となっている昨今、安売りよりも需要創造の重要性は高まっている。高度経済成長期が代表的だが、人口と所得が増加し続ける時代においては、徹底的な安売りと効率化は極めて有効な戦略であった。しかし、その2つの前提が成り立たず、人々の嗜好が多様化した現代においては、より上位帯の商品を買うように誘導するMDが求められるということだ。

この点について、有田(2020)は「ソリューション型ドラッグストア」というあり方を提唱している。安さが最重要項目となる生活必需品に拘泥せず、より付加価値が求められるマーケットを狙うという戦略だ。例えば、毛穴を一瞬で消す化粧下地を一度買ってもらえれば、その顧客にとって化粧下地を使うことは標準となる。同様に、軋まないヘアカラーや、パソコン使いによる眼精疲労を治す飲み薬など、その機能を潜在的に求めているがその存在を知らない商品は数多く存在する。そうした潜在需要を触発するようなMDにより、新たなマーケットを開拓すべきという主張だ。

 

こうした潜在需要を開拓するMDは、今後より重要となっていくだろう。安売り競争の行き着く先は泥沼であり、何よりネット販売の普及により、顧客が需要を自覚している商品は小売店で買う必要性が減少している。顧客自身が自覚していないが、実は欲している。そんな商品を提案し、リピーターになってもらうMDは理想的だ。

 

2 いかにして「おもてなし」を作り上げるか

積極的な商品提案が求められる

しかし、そのようなMDの実現は決して簡単な話ではない。なぜなら、メーカーの企業努力により優れた製品は数多く存在するが、どんな素晴らしい製品でも、使ったことがなければ「良さが分からない」からだ。つまり、潜在需要を掘り起こすためには、その需要を顧客に知ってもら必要ということだ。そのためには、顧客が欲している機能を理解し、その需要を満たすような商品提案が出来ることが必要条件となる。

モチベーション・マネジメントの困難性

では、その実現のためには、何が最も困難な課題となるだろうか。私は、販売員のモチベーション管理が最大の課題となると考えている。

潜在需要を掘り起こすようなMDを実現する上で、知識豊富な販売員による積極的なカウンセリングは欠かせない。「知識」面に関しては、社内研修や情報端末を携帯することで解決は可能だ。しかし、販売員がそのような意欲的なカウンセリングを行うためのインセンティブ(動機)は確保できるだろうか?

当たり前だが、販売員は社員である以前に一人の人間であり、モチベーションを高めるには何らかのインセンティブが必要となる。より積極的なカウンセリングを実現するためには、より適した企業システムが必要となる。

 

一般に、モチベーションを高める常套手段といえば、金銭的な動機付けである。販売実績を挙げれば、給与が増加するのであれば、自身の生活のために販売に励む動機となる。

しかしながら、このブログで想定しているのは、百貨店のカウンセリング販売や個別営業ではない。チェーン展開するドラッグストアである。店長、社員、パート、アルバイトと複数の主体が販売に携わり、カウンセリングと支払(レジ対応)が分業化されている。そうした中で、その販売が誰の実績であるか特定することは現実的でない。仮に、自己申告制を取ったとしても、それが真実であるか確認することも困難だ。全国にチェーン展開するような企業こそ、公正な評価システムは必須となる。

従って、個人レベルでの販売実績に応じた、金銭的動機付けはチェーンストア経営において困難と言える。店舗レベルの販売実績を評価基準に用いる企業は多いだろうが、それだけでは個人の動機づけとして不十分に過ぎるだろう。

精神的フィードバックによる成功事例

 それでは、精神的な動機付けはどうだろうか。くだらないと一笑に付す人も多いだろうが、決してバカにできた話ではない。

より意欲的な仕事をするためには、その個人の精神面の考察は避けられない。金銭的動機付けは確かに強力だが、いくらなら十分であるかの基準は曖昧であり、何より際限がない。

この点について、フィリップ(2013)が興味深い事例を紹介している。ラスベガスでホテル業を営むウィンリゾートで行われる「ストーリーテリング」と呼ばれるシステムだ。そのホテルでは、仕事始めにグループミーティングが行われる。そのミーティングで、上司は「昨日何か面白いことがあったかな?」と尋ね、従業員がお客様に満足してもらえた自身の働き(ストーリー)を話すという流れだ。そのストーリーは、社内のイントラネットで公開され、控室の壁に張り出されるという。

 

こうして書いてみると、原始的で単純な手法である。しかし、生き馬の目を抜くようなラスベガスの観光業界において、小売よりもサービスが重要となるホテル経営で実際に行われている手法だ。従業員に仕事のやりがいを感じてもらう手段として、最高のサービスを組織に広げる手段として、優れたやり方のひとつであることは間違いない。

 

3 おもてなしの定量

やはり定量的な基準は欲しい

とはいえ、精神的フィードバックだけに依存するのは厳しいだろう。先述した「ストーリーテリング」は、サービスの比重が非常に高いホテル業の話であり、チェーン展開するドラッグストアほど店舗の数は多くない。そこで、金銭的フィードバックも同時に取り入れていきたいが、「おもてなし」のような定性的な事象は評価基準としてかつ買いづらい。より標準的で客観的な「おもてなし」指標はないのだろうか?

 

実在する評価基準

実は、近年「おもてなし」のような定性的な指標を、定量的に把握する動きは進んでいる。最後に、そのいくつかの事例を紹介したい。

①ネットプロモータースコア(NPS)

 ネットプロモータースコアとは、顧客ロイヤルティの指標の一つであり、「あなたはこの商品を親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか?」という質問を10段階で評価してもらうことで作成される。2003年にアメリカの大手コンサルティング会社が提唱した指標で、欧米企業を中心に広まり、今ではフォーチュン500のうち3分の1以上が活用していると言われている。

とてもシンプルな方法だが、おもてなしのような感覚的な手法を測定する有用な手段の一つである。おそらく、10段階評価が効果の一つだろう。以前何かで目にしたが、途上国の主観的貧困率をはかる代表的な手法の一つにも、「はしご質問」と呼ばれる10段階評価の質問が用いられている。専門的な知識はないが、評価スケールを10段階くらいにすることで、有用な測定が可能になるのだろう。

ただし、サンプルの取り方や質問の仕方によって、回答にバイアスがかかる可能性は十分にあるため、測定には注意が求められそうだ。

②CXi(カスタマー・エクスペリエンス・インデックス)

直訳すれば「顧客経験指数」といったところか。これは、米国のリサーチ企業であるフォレスターの独自基準である。顧客の体験を数値化した指標であり、公式ホームページによると、「効果性」・「容易性」・「感情」・「再購買意欲」・「追加購買意欲」・「推奨度合い」の基準によって測定される。

実際にどのような質問項目・手法で定量化しているのかは不明だが、「CXi」が優れた企業の株価は6年間に43%も向上しているという。

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③表情

最後に、まだ実際の導入事例は知らないが、今後普及が予測される計測方法である。顧客の表情を読み取ることで、その感情を直接的に定量化してしまうということだ。あり得ないと思うかもしれないが、やろうと思えば既に個人でも実践できる手法である。エンジニアの友人に教えてもらったのだが、マイクロソフトが提供するFace apiというAPI(アプリケーションの機能を共有する仕組み)を利用し、機械学習の技術を用いることで、人の感情を数値化することが出来る。

どの時点で測定するかといった問題や、カメラの設置場所など、現実的な問題は多いが、感覚的なものを測定する手法として、実用されてもおかしくないと考えている。

 

 

4 ビジネスとしておもてなしを志向する

 「おもてなし」や「まごころ」というと、数字に重きを置く現実の経営にそぐわない絵空事のような印象を受ける。しかし、こうした感覚的なものこそ、今後のドラッグストア経営で重要となるのではないだろうか。潜在需要を掘り起こすようなマーチャンダイジング(MD)を実現するためには、「おもてなし」を実現するための企業システムの整備や、既存の財務指標と同様に「おもてなし」を定量的に評価することが欠かせない。

その中には、技術の発達により可能になる要素もあるだろう。情報感度を高め、より柔軟に評価基準を取り入れる姿勢が求められる。

 

 

 

【参考文献】

「なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか? 」フィリップ・デルヴス・ブロートン (著), 岩瀬大輔 (その他), 関美和 (翻訳) プレジデント社,  2013年8月

「ドラッグストアの教科書」,有田英明, ダイヤモンド社, 2020年2月 

 

Forrester CX index,  https://go.forrester.com/analytics/cx-index/

Microsoft Azure https://azure.microsoft.com/ja-jp/services/cognitive-services/face/

 

ドラッグストアのスーパー化 食品比率に関する考察

 

食品比率を高めるドラッグストア

近年、ドラッグストア企業が食品の品ぞろえを強化する動きが散見される。

例えば、日本チェーンドラッグストア協会の統計によると、コスモス薬品の売上に占める食料品の比率は57%に及ぶ。実際、そうした動きを肯定的に論じる記事を目にする機会も増えてきた。

成長のけん引役は食料品の販売増だ。総売上高のうち、菓子類や酒類、冷凍食品などを含む「フーズ・その他」は8%増の2兆1039億円と、伸び率は医薬品(5%増)などと比べても高い。
 ドラッグストアは利益の大半を粗利益率が4割超にもなる医薬品、3割前後の化粧品で稼ぐ。食料・日用品はスーパーやコンビニに比べ利益度外視で価格を抑え、消費者をひき付けられる。
 各社は食料品事業を深掘りしている。ツルハホールディングスは2月末で約280店で精肉と青果を販売し、ウエルシアホールディングスはグループのオリジン東秀(東京都調布市)製の弁当の品ぞろえを増やす。

 

ドラッグストア、食料品を深掘り、20年連続成長、7.7兆円市場に、精肉・青果、オリジン弁当も。2020/05/20 日本経済新聞 朝刊 15ページ

 

ドラッグ店各社は大量出店に加え、医薬品で稼いだ利益で食品を値引きするモデルで成長してきた。ただ、家計支出の比率は、医薬品や化粧品の比率は3割程度で、残りのほとんどは食品が占めている。Genkyは市場規模が大きい食品にシフトする姿勢が鮮明だ。
 売上高に占める食品の比率は6割を超える。ドラッグ店業界でも高いとされるコスモス薬品の57%、クスリのアオキHDの4割強に比べて高い。藤永社長は「他のドラッグ店より、食品スーパーがライバルだ」と打ち明ける。

 

Genky、稼ぐ特効薬は食品、総菜も充実、脱ドラッグストア。

2020/08/03 日経MJ(流通新聞) 4ページ

 

クスリのアオキホールディングス(HD)は、食品スーパー運営のナルックス(金沢市)を買収すると発表した。(中略)

ドラッグストア業界全体でも食品を重視する動きが出ている。新型コロナウイルス感染拡大で外出自粛やテレワークが広がり、自宅から極力近い小売店で食料品や日用雑貨の買い物を済ませたい消費者が増えた。
食品の売上高構成比率が6割弱に上るコスモス薬品の既存店売上高は、4~5月に15%以上伸長した。食品、雑貨、医薬品、化粧品を「ワンストップ」でそろえる利便性が集客につながっている。

 

クスリのアオキ、金沢のスーパー買収、鮮魚のノウハウ吸収、順次医薬品販売も。2020/06/10 日経MJ(流通新聞) 4ページ

 

 

コロナによる食品特需も印象的だ。「ドラッグストア コロナ」などで調べると、食品需要の高まりを受けて、ドラッグストアの売上が伸びていると述べる記事が数多く存在する。事実、以前の記事でも引用したように、ドラッグストア各社が出している決算短信においても、食品需要の高まりは須らく言及されている。

 

iz926.hatenablog.com

こうした情勢を考えると、今後食品比率を強化するドラッグストアは増えてくるという予想も可能だ。特に、今回のコロナで、食品に弱いマツモトキヨシHDやココカラファインHDが大打撃を受けた一方で、食品比率が高い競合他社が大幅な増収を達成したことで、食品強化に向けた組織レベルでの学習が促進された可能性は高い。

 

では、短期的には上手くいった食品強化は、長期的にも良い戦略と言えるのであろうか。食品比率強化に伴うデメリットを指摘することで、その是非を考えたい。 

 

食品強化のデメリット

ドラッグストアが食品比率を高める上でのデメリットを挙げていく。

コストの増大

まず、コストの増大が指摘できる。コストとは、初期投資に関するイニシャルコストと、維持に関するオペレーションコスト、選択肢の幅に関する機会コストの3点に分けられる。

第1に、イニシャルコストとしては、必要な店舗面積の増大及び、必要設備の増加が考えられる。有田(2020)は、スーパーマーケットと戦える生鮮売場を作るとなると、売場面積は600坪程度は必要になると述べている。これは、一般的なドラッグストアの倍以上の店舗面積となる。加えて、店内加工の弁当や総菜のような商材を扱うとすれば、その加工スペース・設備・人員も要求されることとなる。

第2に、オペレーションコストとしては、人件費が大きな課題となる。当たり前だが、扱う商材が増えれば、そこで働く店員の負担が比例して増大する。しかし、先述したように出店コストが高まるならば、人件費を抑制するインセンティブも高まるだろう。そうなると、労働負担に給与が見合わなくなり、人材確保が困難となる。ドラッグストア事業には、薬剤師や登録販売師、化粧品の専門家が求められるため、人材確保は他の競合よりも重大な課題だ。

第3に、機会コストとしては、投資回収期間の増加や出店機会の減少が問題となる。今までのドラッグストアよりも出店コストが高まるならば、投資を回収するための期間が長くなり、異なる戦略への切り替えが困難となるだろう。加えて、1年間に出店できる数も減少するはずだ。

 

地域性が高い商材

加えて、食品という商材を扱う上で、地域性という問題も生じる。これは、地域によって好まれる商品の傾向が異なってくるという問題だ。

この点に関して、矢作(2012)が総合スーパーを展開するイズミを題材に興味深い事れを紹介している。イズミは広島に本社を置く企業で、「ゆめタウン」に代表される総合スーパーを西日本中心に展開している。そのイズミが1995年に初めて九州に進出した際、醤油の品揃えについて、ナショナルブランド40%・ローカルブランド50%・プライベートブランド10%の構成でスタートしたそうだ。しかし、実際の販売結果は、ローカルブランドの売り上げが95%を占め、プライベートブランドはほとんど売れなかったそうだ。

ただし、これはあくまで極端な例だ。九州の醤油市場という特殊な分野が対象であり、時代も今よりナショナルブランド知名度が低い90年代の話である。しかし、他の商材に比べて、地域によって好まれる商品の傾向が異なるといった問題が存在するのは確かであろう。

 

競争の観点

さらに、 競合との関係という観点からは、スーパーの存在が真っ先に思いつく。食品比率を強化した場合、生鮮食品及び加工食品の取り扱いに優れ、地域に根付いたスーパーは極めて強力な競合となる。

H&BCを軸としたドラッグストアであれば、食品はあくまで集客源の一つに過ぎず、利益を減らしても価格を下げることが出来た。しかし、コストがかさむ生鮮食品等を拡充するとなると、食品の値下げにも限度があるだろう。だからといって、質で勝負を挑むにしても、既に高い品質を保持しているスーパーに比肩することはコスト過剰が懸念される。

 

最大の課題:既存の延長モデルに過ぎない

最後に、最大の問題としてイノベーションの観点から指摘したい。ドラッグストアの食品強化は、既存の小売モデルの延長線上にある改善に過ぎない。しかし、今後の市場動向を踏まえると、ドラッグストアには抜本的な改革が必要と考えられるため、食品強化の戦略としての評価は低いと考えている。

私は、商品を仕入れて店舗で販売するという小売モデル自体が、将来性が低いと考えている。ネット販売の急伸や、人口減少によるマーケット縮小を念頭に置くと、店舗による小売ビジネスが存続できるとは考え難い。

そこで、既存小売店は、今とは異なる勝ち筋を見出す必要があるはずだ。店舗をメディア化するのか、物流機能を強化するのか、ドラッグストアならヘルスケア機能を強化するのか。その方法は分からないが、既存のやり方とは抜本的に異なったビジネスモデルに切り替える必要性は高い。

そう考えると、既存の小売モデルの延長線上に位置する食品比率強化は筋が悪い。短期的には安さで顧客を集めて売上を高めることが出来ても、長期的にはスーパーにもドラッグストアにも勝てない中途半端なビジネスに終わる可能性が高いといえる。

 

10年後の勝者はだれか?

コロナによる食品需要の増大を受け、業績に格差が生じたドラッグストア業界では、既存の食品強化を更に推進する企業が増えるかもしれない。しかし、個人的にはH&BC(ヘルスケア&ビューティーケア)の専門性を高める戦略こそが勝ち筋であると考えている。

両者の代表例としては、食品強化型にはコスモス薬局、H&BC強化型にはマツモトキヨシHDが挙げられる。そして、両者の異なる傾向はそれぞれ強まっていくはずだ。既に食品比率を高めて、低コストオペレーションを徹底しているコスモスがH&BCに舵を切る可能性は低い。そして、マツキヨが食品強化を志向する可能性も同様に低い。

というのも、マツキヨは食品強化から撤退した経緯があるからだ。マツキヨは、1976~2006年という長期間にわたって、食品スーパー事業に取り組んでいた。しかし、廃棄ロスの多い食品は、経営が悪化した際に足を引っ張ることや、近くにスーパーが存在する都市型の店舗では無理に広げる必要がないと判断した過去がある。

 

従って、少なくとも両者の代表例と言える、コスモスとマツキヨは、異なる道を進み続けると考えている。長期的な観点で、最後に生き残るドラッグストアはどちらになるだろうか。

2019年3月期におけるマツキヨの化粧品売上高は2277億円で全体の4割を占める。医薬品や食品などを合わせた売上高全体では業界5位のマツキヨだが、化粧品に限った売上高ではライバル他社を大きく引き離して単独1位だ。

 一方のココカラも化粧品の売上高構成比は3割に達し、19年3月期は1080億円。この2社が組めば、化粧品売上高は3300億円を超える規模となり、2位のサンドラッグに倍以上の差をつけることになる。

https://diamond.jp/articles/-/212785

 

 

【参考文献】

「ドラッグストアの教科書」, 有田英明, ダイヤモンド社, 2020年

「日本の優良小売業の底力」, 矢作敏行, 日本経済新聞出版社, 2012

日経ビジネス 2017年10月09日号

 「Genky、稼ぐ特効薬は食品、総菜も充実、脱ドラッグストア」2020/08/03 日経MJ(流通新聞) 4ページ

 「ドラッグストア、食料品を深掘り、20年連続成長、7.7兆円市場に、精肉・青果、オリジン弁当も。」2020/05/20 日本経済新聞 朝刊 15ページ

クスリのアオキ、金沢のスーパー買収、鮮魚のノウハウ吸収、順次医薬品販売も。」

2020/06/10 日経MJ(流通新聞) 4ページ

 

なぜコロナでドラッグストア企業の明暗は分かれたのか?

コロナで分かれたドラッグストア企業の明暗

最近、コロナの影響を受けてドラッグストアの業績が2分化してきている。

ダイアモンド・チェーンストアの記事によると、2・3月期決算の上場ドラッグストア企業8社の第1四半期業績において、8社中6社が増収増益となっている。

その中でも大手に目を向けてみたい。ウエルシアHDは、売上高が対前期比10.5%増の2325億円、営業利益は同29.4 %増の105億。サンドラッグは、売上高が同2.9%増の1568億円、営業利益は同12.0%増の107億円。スギHDは、売上高が同16.3%増の1499億円、営業利益は同20.8%増の89億円だった。

その一方で、マツモトキヨシHDは、売上高が同9.8%減の1316億円、営業利益は同38.9%減の56億円。ココカラファインは、売上高が同7.6%減の945億円、営業利益は同39.5%減の17億円となった。

 

この数値から分かるように、明暗がくっきりと分かれてしまった。ウエルシアの営業利益は対前期比29.4%の増加に対して、マツキヨの営業利益は対前期比38.9%減、ココカラファインの営業利益は対前期比39.5%となっている。あくまで第一四半期の結果であり、今後の社会情勢によって変動は十分に予想されるが、営業利益が前年比3割以上の増減は、はっきりいって異常な事態だ。

 

なぜ明暗が分かれたのか?

なぜここまで業績に差が出てしまったのだろうか?まずは、各社の公式の見解を見ていきたい。

各社の決算短信

例えば、ウエルシアHDは、衛生品や食品の需要増加と、調剤併設店の増加などを要因に挙げている。(以下は決算短信より引用)

感染症予防対策商品や食品等の需要増により物販売上は順調に推移し、調剤についても薬価改定の影響等があるものの、調剤併設店舗の増加(8月末現在1,511店舗)などのウエルシアモデルの推進により、既存店の売上高は好調に推移いたしました。また、販管費については、人時コントロールによる店舗人時数の適正化や自動発注等の推進による店舗業務の効率化を図り、人件費を中心とした販管費の適正化に努めました。

ウエルシアホールディングス 2021年2月期 第2四半期決算短信

次に、ココカラファインは、同様に衛生品や食品の需要増加に言及しつつも、都市型店舗でのインバウンド需要や化粧品の需要減少、調剤の需要減少を要因として指摘している。(以下は決算短信より引用)

新型コロナウイルス感染拡大の影響によりマスクや消毒用アルコールなどの関連商品の需要が増加し、また、外出自粛により食品の売上構成比が高い住宅地型や郊外型の店舗においては来店客数等の増加がありました。しかしながら、都市型店舗でのインバウンド需要や化粧品等の高付加価値商品の落ち込み、調剤事業における処方せん枚数減少等の影響をカバーすることができず、当第1四半期連結累計期間の既存店売上高は7.4%減となりました。

ココカラファイン 2021年3月期 第1四半期決算短信

マツモトキヨシも、同様に衛生品や食品の需要増加に言及しつつ、繁華街や都市型店舗の売上減少を指摘している。ただし、調剤については、新規出店により前年並みとの評価だ。

第1四半期は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、マスクや除菌関連及び日用品や食品などの特需が郊外型店舗を中心に発生いたしました。一方で、外出自粛や在宅勤務の推進等により繁華街や都心店
舗では客数が減少するとともに、営業時間の短縮、テナント店舗での臨時休業、感染拡大防止への対策とした至近距離出店店舗での週末臨時休業などにより売上は影響を受けましたが、緊急事態宣言が全国で解除された後
は、繁華街や都心店舗の客数は増加傾向となりました。また、インバウンド売上も出入国制限等の影響により、僅かなものとなりました。
調剤事業は、コロナウイルス禍に伴う医療機関への受診を控える動きや処方箋応需枚数の減少がありましたが、調剤店舗の新規開局などもあり前年同期並みの売上高となりました。

マツモトキヨシホールディングス 2021年3月期 第1四半期決算短信

上記の3社の決算短信より、コロナウイルスによるドラッグストア企業への影響は大きく3点に分けて考えられる。

  1. 衛生品・食品の需要増加
  2. 都市型店舗の売上減少
  3. 調剤における処方箋応需枚数の減少

 どれも直観的に理解できるだろう。第1に、マスクや消毒液に代表される衛生品や、巣篭り需要を背景にした食品の需要増加が存在する。第2に、外出自粛やインバウンド減少による都市圏の店舗の売上が減少している。外出自粛に伴い、化粧品の需要減少も想定できる。第3に、感染対策意識の向上により通院機会が減少し、処方箋を応需する数が減少した。この点からは、医薬品の売り上げ減少も同時に考えられる。

 

商品構成に要因を見出す

以上より、コロナウイルスによるドラッグストア企業への影響は、その企業の商品構成に依存すると考えられる。

もちろん、都市型と郊外型という商圏による区分も有効ではある。しかし、以前の記事でも引用したように、ドラッグストアの食品比率と売り場面積には正の相関が見出される。相関関係は必ずしも因果関係を意味しないが、この場合は「食品比率→売り場面積」と考えて支障はない。ドラッグストアの核はH&BC(ヘルスケア&ビューティーケア)にあるため、集客源に過ぎない食品が商品構成に占める比率を上げるということは、売り場面積の増加、すなわち地代の安い郊外型店舗への移行を意味すると考えて自然だろう。事実、コロナの蔓延は、広範な事態であるため、「どこで」よりも「何が売れる」という観点の方が事態を正確にとらえられるだろう。

iz926.hatenablog.com

 

そして、商品構成の観点から、コロナで別れた明暗の原因を考えると、食品比率が鍵であることが考えられる。

上述した3つの影響の内、衛生品の需要増加は前者に共通するポジティブ要因だろう。コロナで特需が生じた衛生品は、商品の広さと深さが大きいとは考え難いため、ドラッグストア各社で商構成比率に大きな差があるとは考え難い。勿論、店舗数が多いほど、そのポジティブ影響を受ける度合いが強まるが、本記事は大手を対象としているため、店舗数に格段に差があるとは想定しない。よって、衛生品の比率が、企業の業績を分けていたとは考えていない。

次に、都市型店舗の売上減少については、先述したように、都市型・郊外型という商圏区分は、食品比率という商品構成による区分に置き換えて考えられる。両者に相関関係があることは確かであり、「食品比率→売り場面積」という因果関係も理論的に論証できるからだ。最後に、処方箋応需数については、基本的に全社共通のネガティブ要因と考えられる。それに、ドラッグ事業に対する調剤事業の規模を考えると、業績を2分する要因とは言い難い。事実、決算短信から分かるように、調剤併設店を増加したウエルシアやマツキヨは、その悪影響を受けていないが、両者の業績には大きな違いが存在する。

従って、コロナで別れた明暗の要因は、ドラッグストア各社の食品比率の観点から考えるべきだ。一度、ここまでの議論を整理しよう。まずはコロナによりドラッグストア各社の業績が2分化してきた事実を確認した。次に、決算短信を読み解いて、コロナによるドラッグ事業への影響を大きく3つの点にまとめた。最後に、その3つの影響の中でも、食品需要の増加がドラッグストア各社の業績を左右した要因として特定できると論証した。

食品比率は高めるべきか?

以上を背景に、次の記事では、ドラッグストア事業における食品比率をテーマにしたい。コスモス薬局が代表的な例だが、食品比率を高めるドラッグストア企業が近年増加している。それに加えて、そうした傾向を好ましく書くメディアも増加している印象を感じている。

しかし、私はドラッグストア企業が食品比率を高めることに、否定的な立場をとっている。食品比率を高めるスーパー化は、短期的かつ小域的には有効な施策であるが、長期的かつ大域的(全国チェーン化)には悪影響の方が大きい施策という意見だ。

本記事はその話をするための前座として書いていたのだが、思いのほか分量が増えてしまったため、食品比率のトピックは別の記事として書いていく。

 

 

 

 

【参考文献】

「2社が営業利益100億円突破!コロナで明暗、上場ドラッグストア8社1Q決算」, 小木田泰弘, 2020/09/09 05:55, DIAMOND CHAIN STORE

 

ウエルシアホールディングスIR情報 http://www.welcia.co.jp/ja/ir/library/earnings.html

ココカラファインホールディングス 決算短信 

https://corp.cocokarafine.co.jp/ir/archive/results.html

マツモトキヨシホールディングス 決算短信 https://www.matsumotokiyoshi-hd.co.jp/ir/

 

 

 

 

マツキヨとココカラ統合 企業規模の大きさは正義か?

 

マツキヨとココカラの統合

2019年8月、ドラッグストア大手のマツモトキヨシホールディングスココカラファインが、経営統合に向けた協議入りを記者会見で表明した。その後、2021年10月に経営統合すると正式に発表され、これにより売上高1兆円規模、店舗数3,000 店舗に及ぶ国内最大級のドラッグストア企業が誕生することとなった。

 

この統合は、ドラッグストア業界にも大きな影響を及ぼしえる。両者の統合による結果を受けて、競合他社による合併が続く可能性も想定される。アメリカのドラッグストア業界は、CVSとウォルグリーンの2強体制であるが、日本でも今後企業数の収束を予想する言説も散見される。

 

しかし、ドラッグストア業界において、統合による好影響は大きいのであろうか?直観的には、小売では規模の経済が機能するために、企業規模の大きさは正義と考えらえる。その一方で、企業規模の拡大に伴う標準化により、現場主義を追求する小規模な革新的小売業者が有利に立ち回るという批判も想定される。

そこで、本記事では、ドラッグストアを中心とした小売業において、企業規模の重要性に焦点を当てたい。企業規模の拡大の是非について、理論的な観点から考察を進めていく。

 

小売業において企業規模が重要な理由

結論から言うと、私は小売業において企業規模は極めて重要と考えている。つまり、冒頭で触れたマツキヨとココカラの統合は、長期的には有効な判断であったと考えている。その理由として、規模の経済、差別化、イノベーションの3つの観点から論を進めたい。

規模の経済の局面

まず、前項で言及したように、小売業では規模の経済が有効に機能する。

規模の経済とは、生産の規模が大きくなればなるほど、製品1つあたりの平均コストが下がるミクロ経済の言葉だ。本来は製造業を想定した用語であるが、小売業においても通用する。例えば、大量ロットで仕入れを行うことで、より有利な条件で仕入れが可能となり仕入原価を抑えることが可能だ。加えて、物流センターや本社機能を共有することで、固定費を削減することも可能となる。

従って、費用の削減という観点において、企業規模の拡大による規模の経済追及は有効と考えられる。

 

非価格面における差別化の局面

続いて、非価格競争の観点においても、小売業の規模拡大は重要と考えられる。

小売業にとって、代表的な非価格競争の手段として、PB(プライベートブランド)の開発が挙げられる。PBとは、小売業者が自ら開発する商品やそのブランドのことである。それに対して、メーカーが開発し、多くの小売店が取り扱う商品やブランドのことをNB(ナショナルブランド)と呼ぶ。

PBには、価格の安さを追求した低価格型PBと、商品の付加価値を高めたプレミアムPBの2種類が存在する。そして、そうしたPBにより競合他社と品ぞろえを差別化することは、ドラッグストアに限らず小売業において有効な非価格競争の手段である。

 

しかし、PBの導入において最も重要となるのは、商品を仕入れる卸売企業や製造企業とのパワー関係である。小売企業は、NBの製造企業のように技術開発や製品開発の部門を持っていたり、エンジニアやデザイナーを数多く雇用・育成したりしている訳ではない。従って、PBの導入においては、それらベンダーと共同する必要がある。

 

だが、小売企業によるPBの開発は、NBの製造企業にとって良い話ではない。なぜなら、小売業者がPBの販売に成功し、消費者がPBを選好するようになれば、自社のNBの市場シェアやブランドロイヤルティが低下することを意味するからだ。従って、小売業者がPBを導入する上では、ベンダーに対して優位なパワー関係が築かれている必要がある。

 

そして、このパワー関係を規定する主要な要素は、取引依存度である。つまり、売手の総販売額に占める買手の販売シェアが大きいほど、あるいは買手の総仕入額に占める売手からの仕入高が低いほど、小売業にとって優位なパワー関係が築かれているといえる。以上より、企業規模の拡大により、取引依存度を優位に傾けることで、有効なPBの開発が可能になると考えられる。すなわち、非価格面での差別化においても、小売業の規模は重要と考えられる。

 

イノベーションの局面

最後に、イノベーションの観点においても、小売業の企業規模は重要であると考えられる。

ここで、イノベーションについて概念を一度整理したい。イノベーションについて様々な学術研究は存在するが、統一的な見解としてイノベーションは大きく2つに分けられる。既存のモノの延長線上にある漸進的イノベーション(Incremental Innovation)と、既存のモノから全く異なる抜本的イノベーション(Divergent Innovation)の2種類である。それぞれ、能力向上的(Competency-enhancing)イノベーションや、能力破壊的(Competency-destroying)イノベーションという呼称も存在する。

 

そして、小売業におけるイノベーションの大きな特徴として、後者の破壊的なイノベーションが極めて生じにくい。つまり、小売業の文脈におけるイノベーションとは、既存の在り方を改善させる漸進的イノベーションが中心であるということだ。

その理由は、小売業特有の競争に見いだされる。ハードディスクドライブ然り、スマートフォン然り、何らかの製品を作るイノベーションの場合、競争は市場全体で発生する。その結果、従来のモノと全く異なった優れた新製品を導入した企業は、市場を総取りすることとなる。しかし、小売業の競争は、商圏に限定される。革新的な小売業が誕生したとしても、その勝利は店舗の存在する商圏に限定されるということだ。従って、既存企業による模倣や制裁が用意となるため、市場破壊的なイノベーションが生じる可能性は低いということだ。

 

これは言い換えると、逆転劇が生じ難いという話になる。画期的なイノベーションによって、新規参入者が勢力図を塗り替えるような展開は起こり得ないということだ。従って、既存の大企業による規模拡大は、有効な方策であると考えられる。

 

 

企業規模の大きさは正義か?

勿論、規模拡大に伴うデメリットも考えてしかるべきだ。想定される反論として、規模拡大により経営体制が鈍重になり、小売の肝である現場が軽視されるといった問題が考えられる。しかし、昨今の技術革新により、小売現場におけるデータ蓄積は急速に進んでいる。誰が、何を買って、それは何と一緒に代われているかといったデータは、むしろ大企業であるほど有効に蓄積できるはずだ。

以上より、私はドラッグストア市場において、企業規模は重要であると考えている。マツキヨとココカラのような大規模な統合は初めてであるため、初期においては調整コストがかかる可能性は考えられるが、長期的には競合他社にとって脅威となり得ると考えている。

 

【参考文献】

小売経営論, 高嶋克義 高橋郁夫 著, 有斐閣, 2020年

 

株式会社マツモトキヨシホールディングスと株式会社ココカラファイン経営統合に関する基本合意書及び経営統合に向けた資本業務提携契約締結のお知らせ

https://corp.cocokarafine.co.jp/news/pdf/20200131_TD01.pdf