ドラッグストア 分析・研究・考察まとめ

ドラッグストア界隈のリサーチ結果を記事にします。批判や、分からない点、気になるトピック等あれば、気軽にご意見いただけると幸いです。

実店舗におけるロボットの可能性 装置産業化の未来

 

イントロ

ロボット掃除機やペッパー君など、ロボットの存在は身近になりつつある。ドラッグストアにおいても、ロボットの参入余地は大きい。例えば、最近こんな記事を見かけた。

www.nikkei.com

ホームセンター大手のカインズが、実験的な試みとしてデジタル技術を活用した新店をオープンしたようだ。ロボットによる売場案内や、園芸の専門家にリモートで相談できるサービスなどが目玉とされている。

 

中々に興味深い試みだ。ロボットにより既存の仕事が奪われるという言説が以前強調されていたが、これは言い換えると、多くの仕事が機械化により効率化されるということだ。当然、その恩恵は大きい。労働人口の減少が確実な今日、小売業においてもロボットによる業務の代替を考察する意義は高いはずだ。

 

売店で進むロボット活用

大きく2種類に分けられる

労働力の文脈において、ロボットは大きく2種類に分けられる。まず、ロボット単体で特定の業務が完結する自律型。次に、人と共に働くことを前提とした協業型のロボットである。

前者の例としては、自動化された巨大倉庫のイメージが分かりやすい。機械化された台車が、指定された荷物を指定された位置へ運び続けている光景だ。後者の例としては、在庫が不足している商品をお知らせするようなロボットが想定される。

両者の違いについても言及したい。自律型のロボットは、その業務を完全に代替することで、人件費を圧倒的に削減できる。しかし、自律型のロボットは、その運用に適した環境を整備する必要が生じることが多く、初期費用が高い傾向がある。それに対して、協業型のロボットは、段階的な導入が可能という点で比較優位を持つ。既存の設備のまま、まずは1台から導入できるというのは現実的に大きな魅力だ。

 

それでは、続いて、実際に小売の場面で活用が進むロボットを紹介していく。尚、事例の選出にあたっては、スティーブンス(2018)を参考にしている

ペッパー

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画像検索より引用

まずは、みんなご存知ペッパー君だ。ソフトバンク傘下のソフトバンクロボティクスが開発した、世界初の人型ロボットである。

家電量販店に置かれている姿を目にしたことがある方もいるだろう。小売店においては、会話を通じて該当商品のある売り場を提示したり、顧客とコミュニケーションを取るといった使用がされている。

しかし、ペッパーの小売店での利用はまだ限定的なものに過ぎない。人間の店員と同等の働きをするほどには至っていないというのが、正直な感想だ。ただし、ペッパーの大きな特徴は、人の感情を認識する能力にある。データが蓄積され、この感情認識技術が発達すれば、将来ロボットによる接客も可能になるだろう。

 

Lowebot

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Lowe's公式サイトより

続いて、アメリカの大手ホームセンター「Lowe's(ロウズ)」では、「Lowebot(ロウボット)」というロボットが活躍している。2016年より、サンフランシスコのベイエリアにある店舗で導入された。
ロウボットは複数言語に対応しており、来店客からの商品への問い合わせに対応する。来店客が探している商品まで店内を案内することも可能だ。加えて、店舗スタッフもロウボットにアクセスすることで価格や在庫情報を確認することが出来る。店内における購買パターンなどに関するデータも蓄積しており、経営判断に有用な丈夫主提供するといった代物だ。

Tully

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公式サイトより

シリコンバレー企業の「Simbe Robotics(シンビ)」が2015年に開発した「Tully(タリー)は、完全自動型の陳列棚管理ロボットである。

タリーは、店内を巡回しながら、画像認識技術を用いて陳列棚の状態を確認する。商品の欠品や陳列ミスを完璧に近い精度で把握し、店舗スタッフがその情報を受け継いで対応するといった運用がされている。

 

同社公式サイトによると、人間が1週間かけて65%の精度でやる仕事を、タリーは3日で100%に近い精度でこなすことが可能だ。SInbeの技術部トップは、ウォルグリーンやCVSといった大手ドラッグストアにおいて、タリーと同じ作業量をこなすには、週に25~40人の人員配置が必要になると述べる。さらに、人間による作業は、タリーよりもはるかに精度が落ちるという。

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公式サイトより

XPS

IBMは、人工知能による買い物ロボット「Expert Personal Shopper : XPS(エキスパート・パーソナル・ショッパー)」を提供している。XPSは、お客にとって最適な商品を選ぶ手助けをするプログラムである。元々は、 インドのIT企業「Fluid(フルイド)」が開発したプログラムであったが、非常に優秀なプログラムであったため、2016年にIBMはフルイドのXPSを買収している。

XPS自然言語処理技術を用いて、顧客と質疑応答を繰り返す。例えば、「ジャケットが欲しい」と言えば、「普段使いするものか」とか、「生地の好みはあるか」とか、「どういったシチュエーションで着るものか」など、様々な質問を投げかけてくる。そうして、その顧客の条件を満たしたオススメ商品を紹介してくれるのだ。

さらに、XPSは学習能力に特徴がある。お客がXPSを使えば使うほど、顧客が望む商品情報のデータは蓄積されていき、オススメの精度が向上していくのだ。

 

 

ドラッグストア文脈での考察

どの業務が代替可能か?

ドラッグストアの店舗に置いて、店員が行う作業は大きく3つに分けられる。①レジ対応、②補充陳列、③接客対応の3つだ。


まず、「①レジ対応」は自動化による削減余地が大きい。以前の記事で説明したRFIDのような電子タグを合わせて導入する事で、レジ業務は完全に代替することは可能である。加えて、スーパーでよく見るセルフレジのように、支払い過程のみ代替するといった段階的な代替も可能と言える。

次に、「②補充陳列」については、部分的な代替が可能だろう。先述したタリーのように、「どこに」「なにを」補充するかの把握は、ロボットの方が正確かつ迅速にこなすことが出来る。実際の陳列については、まだまだ人間が直接やったほうが安上がりであると考えられる。

ただし、タリーのように店内を巡回するロボットを想定する場合、売場面積という制約は避けられない課題だ。日本のドラッグストアは、ホームセンターのような他業種と比較して、売場面積が小さい傾向にある。従って、タリーのような人間大のロボットが巡回するのはあまり現実的ではない。尤も、既に技術が存在する以上、小型化は将来確実に進むと楽観視も可能だ。

最後に、「③接客対応」についても、部分的には代替すべきだ。冒頭のカインズや先述したロウボットのように、売場案内のような定型的な作業なら、ロボットによる代替が望ましいだろう。

しかし、カウンセリングについては、基本は対人で行うべきだ。ドラッグストアにおいて、薬剤師・登録販売者によるカウンセリングは、大きな差別化要素となる得る。他の単純労働を削減することで、薬剤師・登録販売者には、専門知識を生かした接客業務に集中させるといった運用が理想的だ。

 

以上より、ドラッグストアでロボットの導入を検討する場合、「レジ業務・欠品等の把握・売場案内」といった業務については、機械かを進めるべきだ。これらは誰がやっても品質に差が生じない「コモディティ化した」業務である。それよりも、専門知識を生かしたカウンセリングのような業務に、労働力を集中させるべきだ。

データ収集という新たな店舗機能

さらに、ロボットの役割は、既存の仕事を代替して効率化するだけではない。ロボットならではの役割も存在する。私はその中でも、来店客の購買の過程に関する情報を収集する機能に注目している。 

画像認識技術や機械学習の技術が進歩すれば、今までブラックボックスであった多種多様な情報が収集可能となる。具体的には、「どのような人が来店したのか」、「一人で来たのか複数で来たのか」、「どういった経路で店内を回ったのか」、「滞在時間はどれくらいか」「どの商品を手に取ったのか」、「どの人が何をかごに入れたのか」といった情報だ。こうした顧客属性や商品の購入に至るプロセスが、データとして収集できる可能性があるのだ。

 

このデータの意義は極めて大きい。なぜなら、非計画購買についてデータに基づく考察が可能となるからである。ECが進む中、店舗の数少ない比較優位である非計画購買は一考に値する。

非計画購買とは、予め購入する商品を決めた上で来店して購入する計画購買に対し、入店後に購入意図が形成された購買行動を意味している。いわゆる衝動買いである「純粋衝動購買」だけでなく、店舗での刺激によって購買の必要を思い出す「早期衝動購買」、販促によって思わず買ってしまう「提案受容型衝動購買」、価格などの条件が合えば購入する「計画性衝動購買」といったタイプが存在する。

このように非計画購買は、理論的に分類されているが、その実証的な研究は限られている。店内における購買行動について、統計的な分析にかけられるほどのデータが今まで不足していたからだ。ロボット導入によって、データが蓄積されることで、非計画購買について、より実証的な検証が進んでいくと期待できる。

 

ロボットがドラッグストア企業に与える影響

売店において、ロボットの活用は進んでいる。第一、労働人口の減少が確実な以上、機械による労働力の代替は避けられない。ドラッグストア企業も、ロボットの導入による省人化を志向すべきだ。

ただし、そうなった場合、ゲームのあり方が一変することには留意したい。小野塚(2019)は、機械による労働力の代替が進む産業について、「装置産業化」という用語を用いている。

装置産業化」が進行した時、企業競争のゲームは、労働集約から資本集約に一変する。小売業は、今でも労働集約的な色合いが強い産業である。しかし、設備投資が勝敗を左右するような資本集約ゲームに移行した時、勝者は限られてくるはずだ。時代の趨勢に注意し、競争のあり方にいち早く対応できた企業が生き残っていくだろう。

 

 

【参考文献】

ロジスティクス4.0 物流の創造的革新, 小野塚 征志, 日経文庫, 2019

小売再生 ―リアル店舗はメディアになる, ダグ・スティーブンス著, 斎藤栄一郎訳, プレジデント社, 2018

 

カインズ「デジタル店舗」、ロボットが陳列棚まで先導, 2020/10/30, https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65645900Q0A031C2000000/

Lowebot, Lowe's Innovation Labo, https://www.lowesinnovationlabs.com/lowebot

Simbe Lobotics, Tally, https://www.simberobotics.com/platform/tally/

 

品切れを見つける自走ロボ、その名は「Tally」コストは人間を下回る

中田 敦, 2016年6月4日, 日経ビジネス https://business.nikkei.com/atcl/report/15/061700004/060100113/