ドラッグストア 分析・研究・考察まとめ

ドラッグストア界隈のリサーチ結果を記事にします。批判や、分からない点、気になるトピック等あれば、気軽にご意見いただけると幸いです。

五重苦の時代 ドラッグストアの取るべき戦略とは?

以前の記事で示した通り、ドラッグストア市場は緩やかにではあるが着実に成長している。しかし、その将来が明るいとは限らない。本記事では、ドラッグストア事業が迎える苦難について述べた後、ドラッグストア企業が取るべき戦略について説明したい。苦難については、有田英明著「ドラッグストアの教科書」を参考にしている。取るべき戦略については、BCGマトリックスの考えを用いている。

 

初めに、富士フィルムの例を紹介したい。その社名の通り、フィルムカメラ事業を中心とした会社であったが、デジタルカメラの普及に伴い本業が壊滅の危機にあった。しかし、写真フィルムの製造で培った技術力を活用した医療分野などに応用することで、新たな事業を想像して会社を再建させたのだ。企業の多角化の成功例として、教科書にも採用される事例である。

五重苦の時代とは?

有田(2020)は、ドラッグストアの今後を「五重苦の時代」と表現している。①人口減少、②お客の可処分所得の減少、③深刻な人手不足、④インターネット販売の急伸、⑤競争の激化という五重苦だ。

 

「①人口減少」と「③深刻な人手不足」は、既に別の記事でも言及している。日本で少子高齢化が急速に進行しており、労働人口が減少していることは周知の事実であろう。加えて、日本経済の低迷と相対的貧困の増加に伴い、「②お客の可処分所得の減少」も進行している。ごく一部の富裕層向けを除き、小売業のメインターゲットは大衆であるため、可処分所得の減少は客単価の減少を意味する。

「④インターネット販売の急伸」も、多くの小売業が抱える課題である。実店舗を持つ条件付ではあるが、既に医薬品のネット販売は許可されている。ドラッグストアに出向かずとも、Amazonで第一類医薬品を変える時代になっているのだ。「⑤競争の激化」は、単純な顧客の争奪に限らない。経営競争は、川上(仕入れ先)や川下(販売機会)においても発生し、ドラッグストア企業では調剤や介護といった進出先の局面でも競争は生じている。

 

以上を踏まえると、医薬品で利益を稼ぎ食品・日用品の安売りで集客を稼ぐという、従来のディスカウント型のドラッグストアの展望は決して明るくない。

 

ドラッグストアの取るべき戦略とは?

関連領域への多角化が鍵

有田(2020)は、「ソリューション型ドラッグストア」と称して、顧客の潜在需要を顕在化するビジネスを主張している。簡単に言うと、H&BC(ヘルス&ビューティーケア)機能と、顧客との関係性というドラッグストアの専門性を強化することで、ドラッグストア事業の価値を高めるという方針である。

しかし、私はこの主張はポジショントークに過ぎないと見ている。ドラックストアを中心とした小売業専門のコンサルタントが著者であるため、小売業という枠にとらわれた意見という印象が否めない。

 

それよりも、小売業という枠に限定されず、ヘルスケア機能を軸に関連領域に侵出すべきというのが私の主張である。要するに、シナジーを重視した関連領域への多角化である。なぜそう考えるか端的に言うと、ドラックストア企業には有望な多角化先、及び多角化において有効な経営資源を有しているからだ。

 

BCGマトリックスの導入

説明に当たって、多角化フレームワークである「BCGマトリックス」の考えを導入したい。製品ポートフォリオ・マネジメントともいわれ、企業における複数事業の位置づけを評価する上で有用なフレームワークである。

BCGマトリックスとは、市場成長率と相対的市場占有率(シェア)の2軸に基づいて、事業を以下図のように4分類する枠組みである。市場成長率が高くシェアが低い「問題児」、市場成長率が高くシェアが高い「花形製品」、市場成長率が低くシェアも低い「負け犬」、「市場成長率が低くシェアが高い「金のなる木」の4分類である。

 

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このフレームワークの基本的な考えとは、「『金のなる木』で利益を稼いで『問題児』を『花形製品』に昇華させる」というものだ。「金のなる木」では、市場成長が鈍化しているが高シェアであるため、追加投資なしに利益が得られる。その一方で、「問題児」は、追加投資さえ得られれば「花形製品」に化ける可能性のある、最も有望な投資先である。従って、簡単に言い換えると、既に競争を終えて高シェアを獲得した既存事業の利益は、次の有望事業に投資しようという考えだ。

 

そんなことは当たり前じゃないか、と思われるかもしれないが、現実にそこまで合理的な経営が出来ることは少ない。ある事業で勝ち抜いた経験により、その事業の価値を過大評価するバイアスが避けられないからだ。加えて、過去の意思決定を覆すというのは心理的な負担が大きい。そのため、市場成長が鈍化してきたにもかかわらず、既存事業に投資を続けてしまう例は多い。こうした現象は、心理学分野では、「刷り込み(Imprinting)」や心理的サンクコスト(psychological sank cost)と呼ばれ、実証研究で効果が確かめられている。

 

 

ドラッグストア企業が取るべき戦略とは?

以上のフレームワークを踏まえて、ドラッグストア企業の多角化について論じたい。

ドラッグストア企業にとって「金のなる木」とはドラッグストア事業である。市場成長率については、ドラッグストア市場の成長は既に鈍化しており、事業としてライフサイクルの終盤に差し掛かっている。

シェアについても、法規制による参入障壁により、元々の参入企業数は多くない。加えて、さらに企業数が減っていく傾向が予測可能だ。その代表例が、マツモトキヨシココカラファインの合併だ。規模の経済が有効であり、商材がコモディティ化して差別化が困難な市場では、大きさが正義である。この合併により初の1兆円規模のドラッグストアが誕生し、今後も大規模合併が続く可能性は高いだろう。従って、大規模合併を通じて、ドラッグストア企業にとって、ドラッグストア事業が「金のなる木」と考えた。

 

続いて、ドラッグストア企業にとって「問題児」とは調剤や介護事業である。調剤は医療費負担の増加、介護は高齢者の増加というマクロ要因を背景に、ともに市場成長が見込まれる分野である。加えて、どちらの事業においても、医薬品販売で培ったヘルスケア面での経営資源と、小売を通じて蓄積した顧客関係面での経営資源が有効に活用できる。特に、介護においては小規模な事業が中心であるため、ドラッグストア事業という強力な利益源を有することは競争を有利に進められる。

 

従って、各ドラッグストア企業の獲るべき戦略は、ドラックストア事業を「金のなる木」として位置づけ、そこから生じる利益により多角化を思考すべきであると考えた。社会環境の変化により、小売業が苦境に立たされるのは避けられない。それならば、既存事業の枠組みにとらわれず、既存事業で培った経営資源を活用した多角化を思考すべきであろう。

 

【参考文献】

「ドラッグストアの教科書」, 有田英明著, ダイヤモンド社, 2020