ドラッグストア 分析・研究・考察まとめ

ドラッグストア界隈のリサーチ結果を記事にします。批判や、分からない点、気になるトピック等あれば、気軽にご意見いただけると幸いです。

なぜ薬剤師はドラッグストアに就職するか

薬剤師の就職先という観点から、ドラッグストアについて考察したい。薬剤師の確保は、ドラッグストアが抱える大きな課題である。薬剤師がいなければ、調剤事業の実施やドラッグストアにおける要指導医薬品・第一類医薬品の販売が出来なくなるからだ。そこで、今回は薬剤師が就職先を選ぶという観点から、ドラッグストアの性質について記事にまとめていく。

 

薬剤師数の統計

薬剤師総数の推移

基本的な情報として、薬剤師の総数及びドラッグストアに勤務する薬剤師数について示しておく。以下図表は、厚生労働省「平成30年(2018年)医師・歯科医師・薬剤師統計」に基づく。

 

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まずは、薬剤師の総数から。上のグラフは、1968~2018年までの薬剤師数を表している。日本において薬剤師が着実に増加していることが読み取れる。高齢化社会を見据えた医療費抑制の観点から、この傾向は今後も続く可能性が高い。

 

施設種別薬剤師数の推移

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続いて、薬剤師の主要な勤務先である薬局と医療施設について薬剤師数を見ていく。増加する薬剤師の受け入れ先として、薬局が大きく機能していることは明らかだ。ただし、あくまで「薬局」が対象であることには注意したい。統計の都合上、ドラッグストアのみを対象としたデータが存在しないため、それを包括する「薬局」データを参考にしていく。

 

年齢・施設種別薬剤師数

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最後に、薬剤師の年齢に応じた各施設別従事者数を見ていく。「病院・診察所の従業者」、「医薬品関係企業の従事者」、「薬局の従事者」、「その他」について分類されている。上図より、年齢によって働く施設の傾向が変わることは読み取れない。絶対数として、比較的若い世代が薬局従事者のボリュームゾーンといえる。

 

なぜ薬剤師はドラッグストアに就職するか

給与面での魅力

就職先を考える上で、最も重要なものは給料であろう。そこで、他の就職先と比べたドラッグストアの給与について見ていく。これについては、COCOPharmaという薬剤師特化メディアが掲載している以下図表が分かりやすい。

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COCOPharma「薬剤師の年収が低いのは病院?薬局?6種の平均ランキングで紐解いた」,2019/09/17, https://www.pharmama.net/saraly/

図表より、調剤薬局と病院と比べて、ドラッグストアの給与水準が高いことが読み取れる。事実、大手ドラッグストアの薬剤師に対する初任給は軒並み30万円を超えている。例えば、ウエルシアHDの基本給は35万5000円、ツルハHDは月給32万3000円に上る。

大学の学費負担が上昇し、奨学金に依存する学生が増加する昨今。初任給の高さは、若い薬剤師にとって大きな魅力となる可能性が高い。

心理的面での魅力

「医者に気を遣わない職場で働きたい」

続いて、個人的に気になった情報がある。日経ドラッグインフォメーションに掲載された記事で、山本さん(仮名)というドラッグストア勤務の薬剤師を対象としたインタビュー記事からの抜粋だ。

 山本さんが働く店舗では、ペットボトルの飲料水やお茶、おにぎりといった商品も取り扱っている。「品出しの手伝いはやらざるを得ないし、力仕事が多くて、土日祝日は忙しい。それでも私は接客が好きなので、別の店も含めると、ドラッグストアで10年以上働いている」「正社員で働く薬剤師の同僚にドラッグストアで働く理由を聞いてみると、『医者に気を遣わない職場で働きたかった』という人が多い」と山本さんは明かす。

 

媒体名

日経ドラッグインフォメーション

発行日

2018年09月号

この「医者に気を遣わない職場で働きたい」というポイントは、意外と重要な印象を受ける。

前掲の表が示すように、病院勤務の薬剤師(一般職)の給与は約380万円に過ぎない。その一方で、部門にもよるが民間病院で働く医者の給与は1000万円を優に超える。給与の格差は待遇の格差と同義であるため、実際の職場では大きな格差を感じる場面が少なくないのではないか。

 

参照点(Reference Point)に基づく説明

心理学の観点からも、この点の重要性は強調できる。心理学と経済学の学際分野である行動経済学において、参照点(Reference Point)という概念がある。簡単に言うと、参人は何らかの価値判断をする際に、絶対的でなく相対的な指標を参考にする本性があり、そこで参考にされるのが「参照点(Reference Point)」である。

例えば、マグカップの値段についての実験が分かりやすい。この実験では、無作為に選んだ実験参加者の半分に対して、マグカップが渡される。そして、マグカップを所有する参加者とマグカップを所有しない参加者はそれぞれ、マグカップの値段をつけるように求められるのだ。その結果、マグカップを所有する参加者は所有しない参加者よりも、統計的に有意に高い値段をつける傾向が判明した。

この実験の話の要点は、マグカップを所有するという状態によって、そのマグカップへの価値判断が左右するということだ。その背景には、所有することで、価値判断の基準となる参照点(Reference Point)が変化したことがある。

 

話をもとに戻そう。この参照点(Reference Point)の考えに基づくと、「医者に気を遣わない職場で働きたい」というポイントは、薬剤師が病院よりもドラッグストアを希望する大きな理由の一つと考えられる。3倍近い給料格差が存在し、社会的なステータスが上の存在と一緒に働くストレスは、計り知れないのではないだろうか。

 

ドラッグストア各社は、薬剤師の確保のために待遇面での強化を行う傾向がみられる。人材確保において、待遇強化は絶対条件であるのは確かだ。ただし、それだけでは他社との橋梁競争に陥る可能性が否めない。他の就職先と比べて「働きやすい職場」というアピールポイントを、もっと前面に押し出しても良いのではないだろうか。