ドラッグストア 分析・研究・考察まとめ

ドラッグストア界隈のリサーチ結果を記事にします。批判や、分からない点、気になるトピック等あれば、気軽にご意見いただけると幸いです。

ドラッグストアの海外進出【中国編】

 

 以前の記事で述べた通り、ドラッグストアは五重苦の時代(人口減少、可処分所得の減少、人手不足、オンライン販売、競争激化)を迎えている。これらの問題は、国内市場を舞台として生じているものだ。となれば、他の国にも目を向けて、海外進出を志向することは優れた一手にならないだろうか?

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なぜドラッグストアの海外進出は上手くいっていないか?

 今回の記事は、そうした問題意識から始まった記事である。現状を念頭に置くと、ドラッグストアの海外進出は決して上手くいっていない。考えられる原因は、強力な競合の存在、コモディティ化した商材、医薬品販売への法規制である。

医薬品に加えて化粧品や食品を取りそろえる「スーパードラッグ」業態のドラッグストアは世界中で見られるビジネスモデルである。その中でも、世界最大のドラッグストアであるウォルグリーン・ブーツ・アライアンスの2019年の売上高は、5/7現在の円ドルレートで14兆億円にも上る。これは、国内最大手のツルハドラッグのほぼ20倍だ。マツキヨとココカラが合併した新会社でも1兆円規模であるから、海外の競合の大きさは格が違う。

加えて、ドラッグストアの扱う商材はコモディティ化が激しい。つまり、基本的には同質な商品を取り扱っており、値段以外で差別化が困難ということだ。その一方で、ドラッグストアのような小売業は、規模の経済が有効に働く。仕入量が大きいほど、取引先に対して有利な条件を取りやすく、仕入れ単価を下げることが出来るということだ。従って、競争の大局は、企業規模によって決まる可能性が極めて高い。

さらに、法規制の壁も存在する。医薬品の販売は、各国内の規制に大きく左右される。例えば、孫(2018)によると、中国は医薬品販売への規制が強く、医薬品を中心に取り扱う「薬店」と化粧品を中心に取り扱う「薬粧店」が独自に発達している。外国資本が参入できるのは、後者の薬粧店であり、利益率の高い医薬品を扱えないのは痛手である。

 

本記事群の目的

以上より、日本ドラッグストアの海外進出は現状上手くいっていない。しかし、勝ち筋が残っていないとは限らないと私は考えている。海外の強力な競合と正面勝負は出来ないが、現地企業との合弁事業等の戦い方はある。コモディティ化した商材についても、PB(プライベートブランド)の開発やカウンセリングの強化で対応できる。法規制の壁についても、国によっては上手く参入できる市場がある可能性は否定できない。

 

従って、本記事から始める一連の記事の目的は次のように定義される。「日本のドラッグストア企業の進出先として、有望な海外市場を見つけること」だ。第一弾として、今回は中国について検討したい。

 

中国のドラッグストア事情

市場環境

 孫(2018)によると、中国のドラッグストアが拡大し始めたのは2000年以降であり、まだ市場は発展途上にある。その一方で、2010年代より中国では高齢化が進行しており、それに伴う医療資源の不足を背景に「受診難(病院で受診することが難しい)」という社会問題も生じている。すなわち、ヘルスケア機能を有するドラッグストアが発展する可能性は高いと考えられる。 

特徴 ~「薬店」と「薬粧店」~

しかし、中国のドラッグストアが、諸外国と同様の発展を遂げるとは考え難い。政治体制を背景とする法規制の厳しさにより、「医薬品に加えて、化粧品や食品も多く取り扱う」というビジネスモデルが不可能であるからだ。

中国のドラッグストアにおける最大の特徴は、先ほども言及した「薬店」と「薬粧店」の分離であろう。以下は、孫(2015)を参考に、両者について整理した表である。医薬品中心の「薬店」と化粧品中心の「薬粧店」は、事業主体から想定する顧客まで大きく異なる存在といえる。

特に事業主体は異なり、薬店は内資系企業が多くみられる。

内資系企業とは国有資産、集団資産、国内の個人資産を利用して設立する企業である。内資系企業の資本金は国家、集団及び国民個人が所有する。内資系企業は資本金構成によって、国有企業、集団企業、私営企業、聯営企業、株式会社という五つに分類される。

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医薬品中心・化粧品中心といっても、重複があるという指摘も考えられる。実際、両者の取扱品目には若干の重複が存在しており、孫(2015)は以下図表のように整理している。個々に重複は見受けられるが、中心となる商材には違いが存在しており、日本のように医薬品と化粧品両者を等しく扱う店舗ではない。

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孫維維. (2015).より引用

 

日本のドラッグストアに参入余地はあるか?

最後に日本のドラッグストアによる参入余地について考察する。因みに、今までの実績としては、ウエルシアが2011年に中国進出を試みたが2019年に全店閉鎖、ココカラファインも一度撤退経験があり、2012年に再進出したものの店舗網の拡大には至っていない。

まず、医薬品を中心に扱う「薬店」については不可能といっても過言ではない。現在の薬店は、中国政府の関与する内資系企業が独占しており、外国資本に算入の余地はない。今後、中国政府の方針が大きく転換する可能性は否定できないが望み薄だろう。

 

となると、化粧品を中心に扱う「薬粧店」はどうだろうか?私は、薬粧店についても同様に参入は困難であると考えている。その理由は、ワトソンズの存在だ。ワトソンズとは、香港系の企業でアジア最大手のドラッグストアである。2019年時点で、中国国内に約3600店を展開している。

そして、このワトソンズというのが実に王道の勝ち方をしているのだ。孫(2015)によると、ワトソンズの成長要因は①PB(プライベートブランド)商品の開発、②発見式陳列の実施、③標準化された顧客対応オペレーションの普及、④産業間の連携と戦略的な店舗展開に集約される。

1つ目の、PB商品は日本のドラッグストアでも有力な勝ち筋の一つである。

2つ目の、発見式陳列とは、要は消費者が買い物しやすい陳列方法である。具体的には、主要ターゲットである女性の目線に合わせた陳列が一例である。これは、既に日本のドラッグストアやスーパーマーケットにおいても導入されている手法だ。

3つ目の顧客対応オペレーションも、いわゆる接客マニュアルの導入と徹底である。

4つ目の産業関連系として、ワトソンズは中国不動産最大手の大連万達グループ(WANDA plaza)と提携している。それにより、有利な店舗展開を可能としている。

 

以上を念頭に置くと、ワトソンズの中国展開はタイムマシン経営の成功事例と考えられる。タイムマシン経営とは、他国で成功したビジネスモデルを自国で展開することで先行者利益を得る経営手法である。

ワトソンズの中国展開の成功は、実に王道をたどっている。PBの開発や、顧客目線の陳列、接客マニュアルの徹底などは、他の先進国の小売業では一般的な手法といえる。中国で外資規制が緩和したタイミングで、いち早く進出の意思決定をして店舗展開を進めたのが勝因だろう。

化粧品販売や店舗進出について、中国当局地方自治体の認可を取る必要がある中国においては、この「いち早く」店舗展開を進めたという点は大きい。加えて、国内最大手の不動産会社と提携していることで、強い先行者利益を獲得している。

 

従って、現段階で日本のドラッグストア企業が進出するのは極めて筋が悪いと私は考えている。大きな利益源である医薬品が取り扱えない。規模の経済が有効な分野で、既に圧倒的な大企業が市場展開を進めている。土地や流通網といった現地の有用な資源が既に抑えられている。こうした中で、勝負を仕掛けても上手くいくはずがないだろう。

 

それよりも、中国展開は切り捨てて、他のアジア諸国に目を向けるべきであろう。途上国市場というとビジネスチャンスに乏しい印象を受けるかもしれないが、決してそんなことはない。ASEAN諸国は経済発展を続けており、中所得者層が増加している国もある。ミャンマーなどの低所得国についても、貧困層を対象としたBOPビジネスは、次のビジネスチャンスとして世界的に注目を集めているトピックである。

今後の記事では、アジア諸国について国ごとに記事を書き進めていきたい。

 

【参考文献】

孫維維. (2018). 中国ドラッグストアの発展について: 多様な競争に対応するための薬店と薬粧店の動向と課題. 専修ビジネス・レビュー, 13(1), 13-20.

 

孫維維. (2015). 中国におけるドラッグストア研究―事例研究: ワトソンズの成長要因に関する考察. 専修大学商学研究所報, 47(2), 1-43.